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Cocco



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Wikipedia

Cocco(こっこ、1977年1月19日 - )は、日本の女性シンガーソングライター・女優・絵本作家・エッセイスト・小説家。沖縄県那覇市出身。SPEEDSTAR RECORDS所属。血液型はO型。愛称はコッキーあっちゃんコウ

人物

大人の女性が持つ本音を表現した衝撃的な歌詞と、それとは対照的な温かさを感じるメロディや本人独特の感性とキャラクターで人々の注目を集める。音楽以外にも、絵本やエッセイや小説の執筆、映画や舞台への出演などその活動は多岐に渡り、さまざまな分野でその才能を発揮する。

プロのバレエダンサーになることを目指して休みのたびに数多くのオーディションを受けていたが、ある日姉がファッション誌に載っていた賞金100万円のビクターの新人歌手発掘オーディションの告知を見つけて勧めてきたので、東京のバレエオーディションのための資金調達が出来ることと一次審査を通過すれば東京での二次審査の旅費が支給されるのでついでにバレエオーディションも受けられることから応募した。結果はどちらも不合格だったが、彼女に目をつけて沖縄まで探しに来たレコード会社の担当者に歌手にならないかと誘われた。その時は「高校を卒業したら東京に行ってバレリーナになる予定なので」と断ったが、それが縁で当時のディレクターと出会い、歌手としてデビューすることになった。動機は、「歌で行けるならバレエのオーディションで自分を落とした人間に『逃がした魚は大きかった』と思わせて見返してやろう」というもので、「ミリオンヒットをいくつか出して10億円貯めてとっとと辞めて沖縄に祖父みたいに劇場を作り、死ぬまで毎日踊り続けられたらいいな」という不純なものだった。

2001年に活動を中止したのは歌を好きになったから。それまではただ10億円貯めるのが目的の復讐の道具だったのでいつでも辞められると思っていたが、いつしかツアーの終わりが近づくと寂しくなり、もっとみんなで一緒にいたいと思うようになっていた。そのため、動機な不純でデビューから積み上げてきたものを一旦全部崩して「歌が好き」という前提で組み直さないと駄目だと思った。また歌が生まれるスピードが速くなってCDとして発表するまでの時差がウソをついてるように感じることも理由として挙げていた。その当時は発売の3か月以上前にレコーディングしなければならず、その間に他の歌がやりたくなっているので、歌が好きになってくると自分を騙して歌うことが難しくなってきた。

2006年に活動を再開できたのは、まずスタッフがしつこく説得してくれたおかげ。また「ゴミゼロ大作戦」や「SINGER SONGER」での経験も大きかった。お金抜きで歌ったり人前に出たりするのがリハビリとなった。歌についても、レコーディングがデジタルの世界になって生まれてから発表するまでのタイムラグが短くなり、絵を描いたり芝居をしたりと歌以外の他の出口が見つかったことで悩まずに済むようになった。そして絵を描いても何をしても、結局は歌になってしまうということに気づき、腹をくくることにした。また以前は一度歌ったら忘れてしまっていいと思っていた歌も、レコーディングして形にしたいという欲求が生まれてきた。

一児の母。祖父は沖縄芝居役者の真喜志康忠(まきし こうちゅう、1923年 - 2011年)。祖母も同じ沖縄芝居役者の真喜志八重子。

フィギュアスケートの大ファンで、伊藤みどりを大リスペクトしている。

音楽

歌を始めたきっかけは、高校生の時に同級生に誘われて文化祭で即席バンドのボーカルをやり、言わるままにフィンガー5やディープパープルを歌ったこと。それが人前で歌った最初だった。

Coccoにとって、歌とは毎日頭の中で勝手に鳴っているものであって意識して創造するものではなく、自然に生まれて翌日には消えてしまうものだった。初めは愛しいとも思わなかったし、出来れば忘れたいし逃れたいものだった。歌うとすっきりするから歌っていただけで、その辛い作業を客が見にくるライブというものの意味が当初は全然わからなかった。デビューシングルの「カウントダウン」も、レコーディングの休憩時間、階段で雑談中に頭の中に流れていたものだった。そのメロディーが気になったので歌ってみたところ、自分の曲だと言われてレコーディングすることになった、「階段で歌った歌も拾い上げてくれる人がいれば歌なんだ」と実感した曲。

作詞も作曲も勉強したことはなく、譜面も書けないし楽器も弾けない。そんな自分がシンガー・ソングライターになるとは考えたこともなかった。デビュー当時は楽譜すら読めず、自分の考えをプロデューサーなどに伝えるために絵などを持ち込んでイメージを伝えていたという。

デビュー時には、沖縄出身だからではなくCoccoというものだけで判断してほしいと思い、沖縄の何かを取り入れようとは一切考えていなかった。しかし活動再開後はそれが全く怖くなくなった。自分のアイデンティティーを見直して「自分の血は隠せないし取り入れてもいんちきではない。沖縄が染みついているから正しい武器なんだ」と思えるようになり、沖縄の方言「しまくとぅば」を取り入れた歌詞も書くようになった。

デビューから中期まではDr.StrangeLoveの根岸孝旨・長田進などがサポートメンバーになることが多く、ほとんどの曲はCocco本人の作詞作曲だが、一部はDrStrangeLoveや他の作曲家の作曲もある。例えば代表曲「強く儚い者たち」の作曲者は柴草玲、そのほかにも成田忍や松本二郎などが作曲を担当しているなど、初期は他の作曲家から曲の提供を受けることも多かった。

参加グループ、ユニット

  • こっこちゃんとしげるくん
    • 2004年秋、くるりの岸田繁とともに同名義で作品をリリース。

 

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