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鈴木明子



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Wikipedia

鈴木 明子(すずき あきこ、1985年3月28日 - )は、日本の元フィギュアスケート選手(女子シングル)。

主な実績に、2010年バンクーバー五輪・2014年ソチ五輪2大会連続8位入賞。2012年世界選手権銅メダル、2011年GPファイナル銀メダル、2013年全日本選手権優勝など。

人物

愛知県豊橋市出身。東北福祉大学社会福祉学部卒業。愛称はアッコ、アッコちゃん。現在は邦和スポーツランド(東邦ガス・東邦不動産運営のスポーツクラブ)に所属。趣味は読書、ヨガ。特技は書道、料理。女性シンガーMetisの曲を好み、聞きながら練習することがある。Metisとは同じ誕生日で親交も深く、鈴木がMetisのプロモーションビデオに出演したことがある。

全日本選手権で初めて表彰台に登り冬季オリンピック初出場が24歳、また全日本選手権初優勝と冬季五輪二度目の出場が28歳と、20代半ばに入った頃から顕著な成績を残しており、日本代表の女子フィギュアスケート選手としては類い稀の非常な遅咲きの選手であった。下記のように、摂食障害などを乗り越えた苦労人でもある。レッドブルの愛飲者である(疲れた時や、頑張りどころと思ったときに飲む)。

2016年6月20日、自身が出演する番組で小学校の同級生と婚約したことを公表。翌年の2月6日には同番組中で、2月1日に結婚したことを発表した。

技術・演技

スケーティングやエッジワークの巧みさは群を抜く。ジャンプでは主にループとサルコウを得意とするが、ルッツとフリップがやや苦手で、特にルッツで時折エッジエラー判定を受けることがある。

経歴

大学時代まで

6歳のころスケートを始めた。名古屋の荻野正子の指導のもと、ノービス時代から頭角を現した。小学6年になるとジャンプの指導に定評がある長久保裕が仙台市のリンク(現・アイスリンク仙台)で開催していた1週間の夏合宿に初めて参加し、中学校に上がってからもほぼ毎年参加した。中学1年となった1997-1998シーズン、長野オリンピックを前に1997年10月に初開催された第1回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会のAクラスで3位に入った。

高校1年に上がった2000-2001シーズンは、全日本フィギュアスケートジュニア選手権で2位、全日本選手権で4位。2001-2002シーズンはジュニア特別強化選手に指定され、ジュニアGP・SBC杯で優勝、ジュニアGPファイナルでは3位となった。全日本選手権で前年に続いて4位となり、四大陸選手権にも出場した。定評のある表現力はこの頃までに身についていたものである。2002-2003シーズンからはジュニア特別強化選手兼シニア強化選手となり、ムラドストトロフィージュニアクラスで1位となった。

高校時代にジュニアGPシリーズに出場するようになってから、夏休み期間中は仙台に滞在して長久保コーチの指導を仰ぐようになっていたため、2003年春には東北福祉大学(仙台市)に進学し、長久保の自宅に下宿して指導を受けるようになった。初めて親元を離れるなどの環境の変化から引き起こされた摂食障害により健康を害し、2003-2004シーズンは競技会に出られない日々が続いた。2003年のスケートカナダにエントリーしていたが、出場を辞退している。

2004-2005シーズンから競技会に復帰した。同シーズンに一度強化選手の指定を解除されていたが、翌シーズンに再指定された。2006-2007シーズンのユニバーシアード冬季大会で優勝。

24歳・バンクーバー五輪8位入賞

大学卒業後の2007年4月からは長久保コーチのいる名古屋の邦和スポーツランドに拠点を移し、同施設を運営している会社の契約社員になった。2007-2008シーズン、ゴールデンスピンで優勝。全日本選手権では5位に入った。2008-2009シーズン、ネーベルホルン杯で3位となり、フィンランディア杯では優勝。開催国枠でNHK杯に初出場し、銀メダルを獲得。全日本選手権では4位に入り、7季ぶりに四大陸選手権に出場した。

24歳で迎えた2009-2010シーズン、中国杯でGPシリーズ初優勝。初出場のGPファイナルでは3位に入った。全日本選手権では優勝した浅田真央に続いて2位となり、バンクーバーオリンピック代表選出を果たした。四大陸選手権では2位、この大会のSPではスピン・ステップ・スパイラル全てレベル4を獲得した。


 

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