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中村容子



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Wikipedia

中村 容子(なかむら ようこ、1965年4月11日 - )は、元アイドル歌手、女優、タレント。別名義に大出 容子がある。

経歴

  • 東京都内で生まれたが、すぐに埼玉県所沢市へ移った。
  • 4歳からピアノ教室に通う。
  • 通っていたピアノ教室の先生に勧められてピアノのためにでもあって小学1年生の3学期より公立小学校から国立音楽大学附属小学校に編入。
  • 中学・高校はそのまま一貫教育であったが、中学ではテニス部に入って、他校のボーイフレンドと仲良くなっていく。中学3年生の頃からピアノを続けることに悩むようになる。そのまま高校に進学するが中学以上に学校の雰囲気をつまらなく感じるようになり、高校2年生の時に高校を退学することとなった。一方、同時期に中学時代のボーイフレンドが彼女の写真を雑誌に投稿したことがきっかけで、コマーシャルへの出演依頼があり、芸能界の道に進むことになる。この時のことを後にインタビューで「変化の時期って、なぜか色々重なりますよね」と振り返っている。
  • 音楽学校出身であることと歌が大好きであったことから、橋本淳のもとで指導を受けながら歌手を目指すことになり、1984年3月23日、CBSソニーよりアイドル歌手「中村容子」としてシングル「ティーンエイジ・ソルジャー」でデビュー。同期デビューには荻野目洋子、岡田有希子、安田成美、吉川晃司、清水宏次朗などがいる。キャッチフレーズは「NO!って言・う・も・ん」。オリビア・ニュートンジョンを意識して、髪型はベリーショートに黒のベルベットっぽいピッタリパンツというようなボーイッシュ路線。
  • 1984年には、第13回東京音楽祭国内大会で入賞した。
  • しかし売り上げが上がらず、事務所の方針によって4枚目のシングル『夏色マイハート』のリリース後にアイドル活動を終了、歌手活動からも遠ざかっていた。
  • その後は、『必殺仕事人V』22話「主水、イッキ飲みする」のお妙役に始まり、1986年には『超新星フラッシュマン』の主役(イエローフラッシュ/サラ役)で人気を博すなど、ドラマで女優として活動した。
  • 『超新星フラッシュマン』以降はしばらく仕事がなかったが、1988年1月に出身校の先生の紹介で、JRA-FMのキャスターを始めた。その後、スポーツ新聞のコラム連載や『オールナイト・フジ』の競馬コーナーに出演するなど競馬関連の仕事が広がり始めたが、1989年にFM制作関係者が贈収賄容疑により逮捕され、スタッフは解散、仕事がない状態となった。
  • その後、アメリカに渡り少しドラマに出演したりしたが、1992年に芸能活動を引退した。
  • 芸能活動引退理由について、後にオバタカズユキによるインタビューの中で「芸能界の楽しさも分かりかけていた頃だったが、疲れていたし、元々が音楽学校のピアノの緊張感から開放されてもう少し楽になりたかったので、これから一生芸能界の緊張の中で生きていきたいとは思えなかった」という趣旨の発言を残している。また同じインタビューの中で芸能界復帰の可能性について聞かれて「誘われてもきっとやらないと答えると思う」旨を回答している。
  • 2012年3月17日、歌手時代に発表された全作品を含むアルバム『ショッキング・ドール18 +6』がソニーオーダーメイドファクトリー完全予約生産限定盤CDとして復刻された。
  • 2016年11月19日、「超新星30周年同窓祭」にゲスト出演し、30年ぶりにフラッシュマン出演者5人でポーズを披露した。
  • 出演

    テレビドラマ

    • 月曜ドラマランド ビートたけしのこにくらじいさん2(1984年12月10日、フジテレビ)

     

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