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奥田健介



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Wikipedia

ノーナ・リーヴス(英語表記:NONA REEVES)は、1995年に結成された日本のポップ・ロックバンド (音楽)|バンド。所属芸能事務所はココモ・ブラザーズ、所属レコード会社はワーナーミュージック・ジャパン。

略歴
*1997年|1992年4月、早稲田大学の音楽サークル「トラベリング・ライト」で上京してきた西寺郷太と小松シゲルが出会う。
*1997年|1993年4月、一学年下の奥田健介が「トラベリング・ライト」に参加。西寺と小松が新入生歓迎ライブで披露したスライ&ザ・ファミリー・ストーンのコピー・バンドに興味を示したことがきっかけ。西寺と小松は新入生奥田の「耳の良さ」に驚いたと語る。
*1995年5月9日、西寺郷太が最初のノーナ・リーヴス名義の曲「自由の小鳥 / BIRD SONG」のデモテープを作成。当初はまだ彼のソロ・プロジェクトとしてカセットMTRを使った作品作りが続いた。しばらくして合流した小松が、奥田をギタリストとして誘うべきだと主張。徐々にバンド・スタイルに移行。
*1996年2月、下北沢CLUB QUEにて奥田健介が加入し初ライブ。ここに正式なバンドとしての5人編成の初期ノーナ・リーヴスが完成した。
*1996年12月13日、UNDER FLOWER RECORDS内レーベルのGiant-Robotからファースト・アルバム『SIDECAR』をリリース。
*1997年夏、セカンド・アルバム『QUICKLY』の発表と同時に、ギタリストの師岡忍と、ベーシストの小山晃一が脱退。以後、西寺郷太、奥田健介、小松シゲルの3人編成となる。
*1997年11月25日、ワーナーミュージック・ジャパンから『ゴルフ EP』でメジャー・デビュー。ほぼ同時に、全国各地のFM, AM局でレギュラー番組がはじまる。
*1997年|2002年、『アニメーション』『フライデー・ナイト』『ディスティニー』と3枚のオリジナル・アルバムを発表した丸5年間のワーナーとの契約期間を終え、日本コロムビアに移籍。アルバム『NONA REEVES』『スウィート・リアクション』発表。その後、トライエム、徳間ジャパン・コミュニケーションズへの移籍後にアルバム『3X3』『デイドリーム・パーク』『GO』をリリース。
*2006年には、バンドの初リリースから10周年を記念し、選曲家橋本徹 (音楽プロデューサー)|橋本徹による『free soul of NONA REEVES』が発売された。橋本が手がける名門コンピレーション『free soul』シリーズ中、日本人バンドのアルバム企画としては初の試みである。
*2011年6月8日、Billboard Japanが立ち上げたレコード・レーベルBillboard Recordsからカバーシリーズ“Choice”の第1弾となる『"CHOICE" by NONA REEVES』をリリースした。『CHOICE』シリーズは好評を呼び、第三弾まで続いている。オリジナル・アルバム『POP STATION』『FOREVER FOREVER』『BLACKBERRY JAM』発表後、2017年、古巣ワーナーミュージック・ジャパンに復帰。
*ドイツ、フランス、イギリス、スペインなどヨーロッパ諸国、韓国、アメリカ合衆国、及び南米諸国で作品が正式にリリースされている。

バンド名の由来
「ノーナ」は敬愛するマーヴィン・ゲイの娘ノーナ・ゲイから、「リーヴス」はモータウン伝説のシンガー、マーサ&ザ・ヴァンデラス|マーサ・リーヴスからそれぞれ名をもらい架空の人格として生み出した女性の名前がバンド名の由来となっている。
ちなみにNONAとはラテン語で「9」の意味も持つ。9は、西洋、東洋ともに歴史的に「最高」の象徴とされる数字だという。

メンバー
西寺郷太(にしでら ごうた、1973年11月27日 - ) 東京都生まれ、京都府育ち。ABO式血液型|血液型B型。早稲田大学文学部|第二文学部を卒業。ボーカル担当。ノーナ・リーヴスのメイン・ソングライター。既婚者。 通称「郷玉(ゴウタマ)」「西寺兄貴」「NSDR」。 父方の実家は寺。名前の由来は釈迦|ゴータマ・シッダールタから。 日本を代表するマイケル・ジャクソン・マニアとして、各種メディアでの執筆、発言を重ねている。 詳細は本人項を参照。

 

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