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山本圭壱



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Wikipedia

山本 圭壱(やまもと けいいち、本名:山本 圭一〔読み同じ〕、1968年2月23日 - )は、日本のお笑いタレント・俳優・野球選手。お笑いコンビ極楽とんぼの主にボケの担当。2006年に吉本興業を解雇され、2015年に復帰してからはフリーとして活動していたが、2016年11月20日付で再び吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)に復帰。相方は加藤浩次。

経歴

芸能界入りまで

東京で生まれ、3歳で広島県広島市南区仁保に転居する。圭一という名前は母親がファンだという俳優山本圭から採られた。

広島大学附属東雲小学校から広島市立仁保中学校に進み、高校は私立広島県瀬戸内高等学校へ進学、野球部に入部したが20日間のみの在籍だったという。

野球部を退部後サッカー部に移籍し数ヶ月籍を置いた後に、当時同郷で「ブレイクダンスの神様」と言われた風見しんごらが流行らせたブレイクダンスに夢中になり、広島平和記念公園等で踊り観光客の注目を浴びた。

芸能界入り

高校卒業後上京し、天宮良が在籍していた当時日本一有名なショーパブだった「タップチップス」の面接に合格して修行したが病気になり一度広島に戻る、20歳の時再び上京し有名になりたいと「東京ヴォードヴィルショー」の面接を受け再び合格して在籍、ここで加藤と出会い加藤の本名が“浩二”と聞き運命的なものを感じて コンビを組む。

1989年、月謝の滞納が続き金銭的に苦しいと思っていた所、雑誌の切り抜きに“吉本興業、東京進出! 新規芸人募集!”の広告記事が目に付いて、これに飛び付き加藤とともに吉本興業入りし「極楽とんぼ」を結成。1994年に開場した銀座7丁目劇場の最古参メンバーとして『新しい波』、『とぶくすり』などの深夜バラエティに出演し、東京吉本の土台を作ったと評される。ロンブー淳を始め、銀座7丁目劇場出身者を中心に慕う芸人が多いのはこの理由といわれる。『新しい波』のディレクターだった片岡飛鳥(現・バラエティ制作センター企画担当部長、『めちゃ×2イケてるッ!』企画統括)に舞台で見出され、前記、めちゃイケの前身『とぶくすり』出演でブレイクした。

その後、様々なバラエティ番組でお笑いタレントとして活躍する一方、映画『黄泉がえり』『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』、テレビドラマ『ナースマン』『独身3!!』等で俳優としても活躍していた。

2005年1月、自身の野球熱(#野球活動を参照)が興じて、タレントの萩本欽一が設立した社会人野球チーム茨城ゴールデンゴールズ(以下、茨城GG)に選手として入団。登録名は「やまもと 圭壱」。

2006年6月、芸名を「圭壱」から本名の「圭一」へと改名。

不祥事、吉本興業との契約解除

2002年11月2日に桜美林大学の学園祭に出演した際、ステージ上で下半身を露出し、公然わいせつ容疑で警視庁町田署から書類送検された。相方の加藤も公然わいせつ補助容疑で書類送検。吉本興業から極楽とんぼは厳重注意を受け、当時出演中だったNHK教育テレビ(現・Eテレ)『天才てれびくんワイド』を降板した。

2003年6月10日、FLASHに山本と交際していたというホステスの女性(当時23歳)が山本から「オレの名前に傷がつく」などと中絶を求められたと告発するインタビュー記事が掲載された。吉本興業は掲載前夜の6月9日、マスコミ各社に「交際並びに妊娠の事実と、双方の条件面での同意・承諾をもって中絶の事実を確認しております」とコメントするファックスを送った。山本は「たびたび、お騒がせして申し訳ありません。今回の件では何を言っても言い訳になってしまうので、批判を率直に受け止めて、これからの人生に生かしていきたいと思います」とコメントした。

2006年7月17日、7月16日深夜に10代の少女に対して飲酒行為と性的暴行に及んだとして少女が被害届を北海道警察函館西署に提出した。山本は署から任意聴取を受け、直後に吉本興業から専属マネジメント契約の解除を通告された。7月18日に吉本興業は文書で「本日、弊社は、極楽とんぼ山本圭一の専属芸能家契約の解除をいたしました。その理由は、山本において未成年者との飲酒行為及び淫らな行為があったためです。」とのコメントを発表した。

主な番組対応

 

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