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三浦彩香



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Wikipedia

華原 朋美(かはら ともみ、1974年8月17日 - )は、日本の歌手、タレント、ミュージカル女優、馬術選手。本名、下河原 朋美(しもがわら ともみ)。

東京都江東区生まれ、千葉県浦安市育ち。身長156cm。体重42kg。スリーサイズはB86・W58・H84。愛称は「朋ちゃん」。血液型はO型。

代表曲はミリオンセラーを記録した「I'm proud」「I BELIEVE」「Hate tell a lie」など多数。女優・深田恭子、歌手・浜崎あゆみなど後のアーティストにも影響を与えた。

人物

兄2人と弟の4人兄弟の娘として生まれる。千葉県の昭和学院小学校卒業後、私立松蔭中学校・高等学校を卒業する。3歳頃、「あれに乗りたい!」の一言で始めた趣味の乗馬は、高校3年生の時に出場した1992年山形べにばな国体で4位入賞という好成績を修め、その後20年以上のブランクがあったが、2016年の馬術の日本国内大会『ジャパンオープン』で優勝している。実家は千葉県内で鉄鋼関連会社や老人福祉施設などを経営している。母親や兄弟も全員経営者という裕福な家庭に生まれ育つ。将棋の級(日本将棋連盟ジュニアクラス1級・一般クラス3級)も持っており、NHK衛星第2テレビの大逆転将棋で司会も務めた。2012年5月、普通自動車免許を取得する。デビューしてから公表してきた血液型A型が実はO型であったことを2014年6月に明らかにした。

交友関係

非常に交友関係が広く神田うの、大黒摩季などと親交がある、中でも岡本真夜、相川七瀬、千秋とは4人でよく食事をする仲である。他には片岡愛之助、澤穗希とは3人で食事をする仲である。元モーニング娘。の保田圭ともお互いの家を行ったり来たりする大の仲良しである。

来歴

グラビアアイドル時代( - 1995年)

中山美穂や工藤静香に憧れ、高校1年(1990年)の時に全日本国民的美少女コンテストに応募。本戦の事前親子面接にて母親が「娘の芸能界入りには反対」と発言したために、本戦には出場できなかった。それから自宅に他の事務所からのスカウトの電話が入ってくるようになり、芸能界入りを強く意識するようになる。高校3年の時、渋谷の吉野家で当時の事務所アバンギャルドにスカウトされ芸能界入り。高校卒業後は、美容師を目指し山野美容専門学校に入るも、芸能界入りを決意し退学した。

1993年から『さんまのナンでもダービー』(テレビ朝日系)でレギュラーアシスタントを務め、テレビ初出演を果たす。雑誌『CanCam』、『ViVi』等でモデルを務める。1993年秋にはMBSラジオ『茶屋町学園』のオーディションを受けるが落選。しかし、このオーディションがきっかけで雑誌「MABU」の巻頭グラビアを飾る。当時の芸名は同事務所の三浦早苗に因んで付けられた三浦 彩香(みうら あやか)を主としていた。

1994年4月、遠峯 ありさ(とおみね ありさ)の芸名を使用開始し、持田かおり(現:持田香織)らが在籍していた黒BUTAオールスターズの第4期生に選抜されるも、すぐに脱退。深夜番組等でアイドルとして活動。当時は毎日のようにオーディションを受けていたという。また、カラオケ映像にも出演していた。バラエティ『とんねるずのみなさんのおかげです』のコント「近未来警察072」の女性隊員役のオーディションでは、松嶋菜々子とともに最終選考の2名まで残ったが、身長の低さが原因で落選した。

その後、アイドルとしてバラエティ番組『天使のU・B・U・G』(1994年10月〜1995年3月)にレギュラー出演していた際、視聴していた小室哲哉に見初められ、番組プロデューサを介して小室が当時青山で経営していた店「TJM」に呼ばれたことがきっかけでほどなく小室との交際が始まる。

華原は女優志望だったが、出会って間もない頃にカラオケでtrfを歌い、その歌声を聴いた小室は感動し「涙腺を刺激する歌声」と称し、歌手デビューが決定(華原が初めて買ったレコードが中山美穂の「50/50」で、奇遇にも小室作曲の作品であった)。また、デビュー直前に2人の関係をすっぱ抜いた写真週刊誌フライデーの記者に対し、小室は「アーティストに手をつけたのではなく、プライベートの恋人に曲を書いてデビューさせただけです。」と語っている。小室から見た第一印象は「僕が誰だかなんて全く関係なくて、口の利き方・態度も悪く最初はよく喧嘩しました。そこが逆に新鮮で彼女の視点では僕は年相応のおじさん」「始めて自分のプライベートをネタにしようと思えた」と語っている。1995年4月には、小室が手掛けるTV番組『TK MUSIC CLAMP』のエンディングでTM NETWORKの「Get Wild」を歌っている。また、4月から始まったばかりのバラエティ番組『今田耕司のシブヤ系うらりんご』をすぐに降板し、小室の主導で事務所を移籍した。

小室哲哉プロデュース時代(1995年 - 1998年)

1995年6月、事務所を移籍し、小室のイニシャルと同じT. Kで、なおかつ本名に近い華原朋美に改名。由来は小室の「僕と君は心のユニット」という意向から来ている。8月には小室が音楽を担当したイメージビデオ『PARADOX』を発売し、フジテレビビジュアルクイーン・オブ・ザ・イヤー'95に選出。そして9月、パイオニアLDC内の小室が立ち上げた新レーベル・ORUMOK RECORDSの第一弾アーティストとして、シングル「keep yourself alive」で歌手デビュー。オリコン・シングルチャート最高8位を記録した。翌10月には、2枚目のシングル「I BELIEVE」を発売し、オリコン最高4位を記録。同曲で年末の新人賞を総なめにした。

1996年、3月に3枚目のシングル「I'm proud」を発売。同3月25日付で「I BELIEVE」がミリオンセラーを達成、新人としては異例の快挙となった。「I'm proud」も続いてミリオンセラーを記録、同曲で年間シングルチャート女性ソロアーティスト最高位の8位、年間カラオケリクエスト首位を獲得するなど、一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。6月にはファーストアルバム『LOVE BRACE』を発売し、初のオリコン首位を獲得とともに、ファーストアルバムの歴代最高初動売上を記録した(後に宇多田ヒカル、倉木麻衣が更新)。同作は最終的に出荷ベース300万枚を突破するダブルミリオンを記録した。同月、新高輪プリンスホテルで“華原朋美ヒット記念パーティー”を開催。小室やdosらがお祝いに駆けつけ、業界・報道関係者1,000人が出席した。10月には5枚目のシングル「save your dream」を発売し、シングルでも初の首位を獲得。大晦日には『第47回NHK紅白歌合戦』に初出場し、小室のピアノ演奏で「I'm proud」を歌唱した。

1997年4月、カネボウ化粧品「ブロンズラヴ」のイメージキャラクターに初起用され、タイアップソング「Hate tell a lie」を発売。3週連続首位を獲得し、シングル3作目のミリオンセラーを記録した。6月からはフジテレビ『TK MUSIC CLAMP』3代目のパーソナリティを担当。7月には「LOVE IS ALL MUSIC」、10月には小室との共作詞による「たのしく たのしく やさしくね」、12月には2枚目のアルバム『storytelling』を発売(ミリオンセラー)と、この年発売したCDはいずれも首位を獲得した。同月、香港で開催された「TK GROOVE MUSEUM」に出演し、globe「DEPARTURES」のカバーを披露。『第48回NHK紅白歌合戦』では第2部トップバッターで登場し、小室がギターで飛び入り参加して「Hate tell a lie」を歌唱した。


 

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