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別役実

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Wikipedia

別役 実(べっちゃく みのる、べつやく みのる 1937年4月6日 - 2020年3月3日)は、日本の劇作家、童話作家、評論家、随筆家である。

サミュエル・ベケットの影響を受け、日本の不条理演劇を確立した第一人者である。日本藝術院会員。

理学博士・随筆家の寺田寅彦の姉、駒の曾孫にあたる。二歳年上の姉がいる。妻は女優の楠侑子。一人娘の怜は、イラストレーターのべつやくれいとして活動している。安岡章太郎は遠戚である。

早大在学中、安保闘争に参加、大学を中退。劇団「自由舞台」で上演した『象』で注目された。『マッチ売りの少女』(1966年)と『赤い鳥の居る風景』(1967年)で岸田戯曲賞、『諸国を遍歴する二人の騎士の物語』(1987年)で芸術選奨文部大臣賞受賞。評論やエッセイ、童話も書く。

来歴・人物

1937年、満洲国新京特別市(現中華人民共和国長春市)生まれ。父親・別役憲夫(1907 - 1945)は満州国の事務官であったが別役実が6歳の時に他界。終戦後1946年に日本に引き揚げてくる。はじめ父方の実家がある高知県高知市で寺田寅彦の旧宅(現・寺田寅彦記念館)に住む。その後小学生のうちに母方の実家のある静岡県清水市、ついで長野県長野市に転居する。以後高校卒業までは長野に住んだ。

満洲在住時は新京の春光国民学校に入学。引き揚げ後、高知市立小高坂小学校、清水市立江尻小学校(現・静岡市立清水江尻小学校)、長野市立城山小学校に在籍する。

長野市立柳町中学校に在籍時、教職にあった画家の上原正三と出会い、多くの薫陶を受ける。

長野北高校(現長野県長野高等学校)時代は画家を目指しつつ、聖書研究会に通うなどしていた。

高校卒業後上京。喫茶店のウェイターなどをしながら浪人生活を送り、早稲田大学政治経済学部政治学科に入学。早稲田では学生劇団「自由舞台」に入部。そこで鈴木忠志らと出会い、演劇と学生運動(六十年安保闘争)にのめり込む。その結果、経済的事情により同大学を中退(学費未納除籍)。発表された処女作は『AとBと一人の女』(1961年、自由舞台初演)だが、正確にはその前に書かれた習作として『貸間あり』『ホクロソーセージ』などがあった。

大学中退後は、土建一般労働組合の書記としてサラリーマン生活を送りつつ、喫茶店で作品を書き続ける日々を送る。1968年、『マッチ売りの少女』『赤い鳥の居る風景』で第13回岸田國士戯曲賞を受賞。同年、会社を退職し劇作家に専念するようになる。この時期には「雨が空から降れば」(作曲:小室等)などの詩作もある。

三津田健、中村伸郎、高木均といった俳優がよく別役作品に出演した。1990年代に入ってからは、日本劇作家協会の創立に関わる。平田オリザとの親交も深い。

2003年から2009年3月までは兵庫県にあるピッコロシアターに併設された兵庫県立ピッコロ劇団の代表を務めていた。2013年に芸術院会員に選ばれる。

2014年12月、青山円形劇場で新作劇の『雨の降る日は天気が悪い』が上演予定だったが、病気療養のために演目が『夕空はれて〜よくかきくうきゃく〜』(1985年作)に変更となった。

晩年はパーキンソン病に罹患し、入退院を繰り返していた。2020年に入って体調を崩し、3月3日に肺炎で死去した。82歳没。

作風

幻想的で独創的な作風が特徴で、登場人物が「男 1」「男 2」など、固有の名前を持たないことが多い。舞台には必ずと言っていいほど一本の電信柱、あるいはそれに相当するような柱のようなものが立っている。電信柱は、別役が宮沢賢治のファンであることに由来しており、別役は宮沢賢治原作のアニメ映画『銀河鉄道の夜』の脚本も手がけている。


 

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