レッテル(刻印)を貼られた人間たちの生き様を描きたい。
―――近年は外部作品の演出も積極的に手がける西森英行が満を持してホームグラウンドであるInnocentSphereに帰還する。2年ぶりの新作『刻印』は、2本立て。1編は、現代社会に巣食う猟奇犯罪がテーマ。連続児童誘拐殺人事件が発生する街で愛娘が突然行方不明となった夫婦は、犯人の異常心理の全容を知るべく、かつて未成年による猟奇殺人で日本中を震撼させた元少年のもとを訪ねる。そこに、十数年前、少年によって子どもを殺された父親が復讐のために現れ、4人の思惑が複雑に絡み合う。魂の病理を浮き彫りにした濃密な心理サスペンスだ。長年、少年犯罪の取材を重ねてきた西森が、今このタイミングで本作を書き下ろした理由はどこにあるのだろうか。
「僕自身、子どもが生まれて、もし我が子に何かあったらどうしようとリアルに考えるようになったのもきっかけのひとつ。自分だったら犯人を本気で殺しかねないと思ったんです」
―――その言葉の裏には、緻密な取材の先に見えてきた西森独自の視点がある。
「近年、「人を殺してみたい」という感覚を持つ人がいるんだということが分かってきました。だったら、そんな感覚を持ち合わせてしまった者の悲劇というものがあるんじゃないかと僕は思う。もしその欲求が、宇宙の神秘を突きつめたいとか、難解な数式を解き明かしたいとか、もっと別のものであれば、その人の人生はまったく違うものになっていたはず。そういうことも踏まえた上で、人を殺してみたいという感覚は決して他人事ではなく、自分の身近にもあり得るものなんだと。異常犯罪者のレッテル(刻印)を貼られた人たちのその奥底にあるものを描きたいと思って、この作品を書くことにしました」
―――もう1編は、舞台が戦時中。絵描きの夢を持ちながら戦場に身を置いた兵士と慰安婦の女性が主人公だ。戦火の中で人を殺めた兵士は、性欲とはまったく異なる衝動で、女の体を求める。西森はその心理を「強烈な死の匂いを嗅いだ反作用」だと解説する。
「死の匂いに直面した時、人は自分の感覚をエロスに持っていかないとやっていられない。決していやらしいことをしたいわけではなく、無性に体を求めざるを得なくなるんです。この作品で二重写しにしたいのは、サバイバーズ・ギルト。生き残ってしまったことによる罪悪感を抱えながら人はどう世界の中で立っていくのか。あるいは崩れ落ちていくのか。そして、お国のために戦地へ乗り込んだのに、すべてが終わった後で“慰安婦”とレッテル(刻印)を貼られ、後ろ指を差された女たちの、歴史の奥底に消された生き様を描きたいんです」
ブラックボックスの奥に何があるのかを見たくて演劇を続けている。
―――社会性の高いテーマに立ち向かうが、決して「社会問題を描くというアイデンティティのためにやっているんじゃない」と断言する。
「僕が興味を持っているのは、世の中でここはふれてはいけないとブラックボックスになっているところ。その奥に何があるのかを見たくてやっているんです」
―――だからこそ、丹念な取材は欠かさない。いろんな場所に足を運び、たくさんの人の話に耳を傾けたすべてが、脚本の血肉となっている。
「リアリティを追求していると、たまにリアルを描くことが目的になる時がある。それでは本末転倒なんですよね。僕があぶり出したいのは、人間の心理の奥底の部分。だから脚本を書く時は、この痛みを抱えないとこの人の生き様を書く資格はないというつもりで、とことん自分を追いつめます。きっと究極のドMなんですよ。逆に取材をする時は徹底的にドS。お互いに思考停止してなるものか、と思いながら、決して目を背けずに物事を見つめていくんです」
どこまで一緒に潜れるか。InnocentSphereの新時代が始まる。
―――歌やダンス、殺陣などケレン味のあふれる演出が持ち味の西森だが、本作では派手な演出は一切省き、とことん役者の肉体の可能性を追求する。
「演劇って、やっぱり役者の肉体があってこそ。台本は悪い意味ではなく、未完成。材料でしかないんです。だから役者が体現してナンボだとどんどん思うようになってきました」
―――キャリアを積み重ねる中で生まれる心境の変化。今、西森は演劇人としてまた新しいステージに上がろうとしているさなかなのだ。
「少し前まで劇団としてどこに行くべきか、何をやろうか考えあぐねている時期がありました。でも今は、すごくやりたいことがはっきりしているんですよ。この間、劇団として公演をやれる回数はもう数えるくらいしかないんだと気づいた瞬間があって。だったら、やりたいことをやろうと。僕らにできることは、泥臭いこと。そこに話があって、肉体があって、他の人がふれないところにふれる。それが僕らの作品のつくり方の原点だということを再確認した上での、今がリスタートなんです。劇団員ともいろいろ話して、売れる売れないとかではなく、InnocentSphere は“今やりたいと思ったことをいちばん濃厚なかたちで出す団体でいよう”と、そう決めました」
―――そこには、長年共にやってきた仲間への揺るぎない信頼がある。
「この間、旗揚げの頃から一緒にやっている狩野(和馬)に“すごく暗いんだけど、こういう話をやってみたい”って相談を持ちかけたんです。そしたら、“お前がやりたいものを書けばいい。面白いからやろう”と言ってくれて。彼とは中高の頃から一緒に芝居をやっていますが、そんなふうに言える関係性ができたのも、この年になってから。それは常にこれをやっていいのかと悩みを抱える作家にとって何より心強いことなんです。“オレたちでやろう”と言える相手がいることが、今の僕のいちばんの推進力になっています」
―――演劇人として、劇団として、充実の時を迎えた今、西森は新鮮な気持ちで芝居をつくることと向き合っている。
「今の気分は、“さあ、どこまでも潜れるだろう”という感じ。酸素ボンベもなしに、みんなで一緒に素潜りでどこまで行けるか。自分でもすごくワクワクしているんです」
―――混沌という名の深海の果てから、西森が何を見つけてくるのか。その答えは、1月、舞台の上で示される。
(取材・文&撮影:横川良明)