90余年の歴史を誇り、宝塚歌劇団・松竹歌劇団(SKD)と並ぶ三大少女歌劇のひとつとして親しまれるOSK日本歌劇団。そして、ネット世代のニューエイジカルチャーとして知られるニコニコ動画。異色のコラボレーションで早くも話題沸騰なのが、OSK日本歌劇団による『カンタレラ2016〜愛と裏切りの毒薬〜』だ。若者の心をとらえて離さないボカロ曲がミュージカルになったらどうなるのか…? 日本の少女歌劇を牽引してきた老舗劇団の驚きの挑戦に直撃した。
超高速の難曲に、OSK日本歌劇団が挑む!
――― 本作は、ニコニコ動画内の再生回数が220万回以上を記録した大ヒット曲『カンタレラ』、『パラジクロロベンゼン』『サンドリヨン』がモチーフとなっている。しかし、ボカロ曲と言えば、超高速・超変調が特徴。いわゆる壮大優美な歌劇の音楽とは一線を画している。OSK日本歌劇団が誇るスター・桐生麻耶も驚きを率直に語る。
桐生「最初に曲を聴いたときは、もう速すぎて。特に『パラジクロロベンゼン』は訳がわからなかった(笑)。あれはボーカロイドだから出せる声。でも、この曲のファンのみなさんはこのテンポで親しんでいらっしゃるのだから、私たちもそこに合わせていかないといけない。今はまだ生身の人間が歌ったらどうなるのか、まったく想像もつきません」
――― 娘役・舞美りらもボカロ曲独特の歌唱に衝撃を受けた。
舞美「先日、歌唱チェックで一部をアカペラで歌ったんですね。でも、先生から“もっと早く歌える?”って何度もオーダーをされてしまって(笑)。OSK史上にない速さの曲。これを全員で歌うとどうなるのか、とても楽しみです」
――― ボカロ曲は、機械ゆえにブレスのポイントも少ない。また畳みかけるようなテンポの速さが特徴だ。桐生らにとっては、これまで培ってきた歌唱テクニックや持ち味を敢えて手放し、新しい一面を見せる舞台となりそうだ。
舞美「歌詞も印象的なフレーズが多くて、人間の裏側に潜んだドロドロした部分をストレートに描いている。だから一層メロディもガツンと来るんですよね。それを単に歌うだけではなくて、私が演じるルクレツィアとしてお客様に届けなくちゃいけない。挑戦だけど、とてもワクワクしています」
桐生「今まで2回上演されていますが、敢えて過去のものは観ないようにしているんです。私たちの『カンタレラ』をつくっていければ」
少女歌劇だから再現できる妖しくも美しい世界観。
――― 舞台は、15世紀末のローマ。悪名高き法王の一族・ボルジア家の兄妹の道ならぬ愛が悲劇を招く。兄・チェーザレを桐生、妹・ルクレツィアを舞美が演じる。
桐生「チェーザレは冷酷残忍な男のイメージでしたが、台本を読んでみると意外にもナチュラルで温和な部分も描かれていました。人はみな両面を持っているもの。その中でどうインパクトを与えるか。今考えているのは、とにかくいい男でありたいということ。私の思ういい男は、どこか危ないと頭でわかっていながらも心が惹かれてしまうような男。人って、温和なものよりも危険な香りのするものに惹かれてしまうところってあるじゃないですか。特に今回は2時間半の長編。私もこれだけの尺のお芝居に挑戦するのは初めてです。お客様も、演じる私も、飽きないような役づくりをしなくちゃいけない。世の中が思うチェーザレ像と、演出の上島(雪夫)先生とつくるチェーザレがうまく噛み合えばいいなと思っています」
舞美「この時代は一見華やかに見えて、見えないところでドロドロした世界。その中にいながらも、純粋無垢で真っ白な少女を演じられたらと思っています。上島先生は“一見白く見える中に一点の毒がある”少女とおっしゃっていました。その言葉にハッとして。そんな少女がチェーザレと関わっていくうちに葛藤しながらも強い女性へと成長していく。その成長をお客様に見ていただけたらと思っています」
――― ニコニコミュージカルとして過去2回上演された人気作。それをOSK日本歌劇団が演じることで、どんな新たな魅力が加わるのだろうか。
舞美「『カンタレラ』は漫画化もされているのですが(氷栗優・作『カンタレラ』)、そういう意味では私たちが演じることで漫画から飛び出てきた人のように思っていただけるのではないでしょうか。特に女性が男役を演じることで、女性のお客様が“こういう人に抱きしめられたら”と思うような理想の男性像を見せられると思います」
桐生「あとはやっぱりOSKの魅力と言えばダンス。特に全員で群舞を踊るときの熱量は、私たちの大きな強みです。先日、『Crystal passion〜情熱の結晶〜』の東京公演を上島先生にご覧いただいたのですが、“これだけ踊れるなら踊らせないともったいない”とおっしゃっていただいて。“僕の振りは速いよ”と脅かされてしまい、今から恐ろしいのですが(笑)、上島先生もそれだけOSKならではというところを見せようと考えてくださっているので、しっかりお稽古してついていきたいと思います」
ニコニコ×OSKの文化交流が、未知なる感動を生み出す。
――― 本作の出演にあたって、生まれて初めてニコニコ動画を視聴したという桐生と舞美。エンターテイメントの第一線で活躍するふたりも、ネット世代の心を掴む楽曲の魅力を感じたようだ。
桐生「私の世代では、カセットテープをテレビに近づけて録音して聴いていた。そんなふうに今の若い方たちはボーカロイドに何か夢を託して楽しんでいるんだなと感じました。まだまだ未知の世界ですけど、稽古を通して、何がユーザーの心を虜にしているのかもっと知っていけたら」
舞美「初めてボーカロイドというものにふれてみて、私たちが子どもの頃に遊んだ着せ替え人形の未来形なのかなと思ったんです。自分の描く理想がボーカロイドとなって画面の中で動いて歌っている。そう考えると、その気持ちは私もすごく共感できますね」
――― ふたりが新しい扉を開いたように、ぜひ舞台を観たことがないというニコニコユーザーもこの機会に劇場に足を運んでみてほしい。ルネサンス後期の華やかな世界観は、OSK日本歌劇団の得意とするところ。豪華絢爛な舞台美術、繊細にしてゴージャスな衣裳で観る者を楽しませてくれるはずだ。
桐生「きっと好きな方は何千回何毎回聴いても飽きない楽曲だと思うんです。そんな方たちの脳内で描かれている『カンタレラ』に負けないようにとは考えていません。それよりも生身の人間だから出せる雰囲気で心に届けばいいのかな、と。“こんなのは『カンタレラ』じゃない!”とガッカリさせることはないように、だけど単なる真似でもない、ギリギリのところに挑戦していければ。前2作をご覧になった方も、“前に観たからいいや”ではなく、OSKと上島さんが組んだらどんな化学反応が起きるかをぜひ目撃しに来てほしいです」
舞美「こんなにも素敵な楽曲を、私たちが生で歌って踊ることで、一層素敵な形にしてお届けできればいいなって思います。どんなきっかけでもいいので、この作品を通して一人でも多くの方にOSKに興味を持っていただければ嬉しいですね」
(取材・文&撮影:横川良明)