古典の再発見をテーマに、時代を反映させた独自の演出方法でリアリズムを追及する、演劇集団 砂地。そんな彼らが2016年の新作に選んだのは、古典戯曲の金字塔であるシェイクスピア作品の『ハムレット』。様々な解釈で上演され続けた作品を砂地はどう表現するのだろうか。主宰であり演出家の船岩祐太、本作に出演する木戸邑弥、名塚佳織、高川裕也が世界を語る。
新しい解釈
――― 古典戯曲を題材にする砂地が新たに挑戦する『ハムレット』。誰しもが知っている作品に挑むきっかけを船岩はこう語る。
船岩「まず、今まで砂地での上演作品は割とマイナーな、誰でも知ってるって類のものではない戯曲の上演が多かったんですけど、ふつふつとみんなが知っている戯曲をやりたいなっていう想いが出てきてまして。で、それとは別に、以前あるカンパニーの『ハムレット』の上演を見ていて、気になる部分があったので、翻訳を何種類か集めて1シーンだけ勉強したんですが、どうしても1文だけ分からなかったので、原文をWEB上の翻訳サイトで翻訳してみたら、ちょっと新しい解釈を発見してしまって。その解釈を当て込んで全体を読み直してみると、新しい「ハムレット」の捉え方ができるなと思って、実は温めておいたんです。」
――― ふとしたきっかけで新たな表現の世界を開いた瞬間。そのタイミングが今回の上演と重なる。
船岩「その解釈で読んだ場合、これは現代のドラマになるなと思ったんですよ、ちょうど今、現代の。そして今回、キャスト的にも恵まれたタイミングで、やるなら今なんじゃないかなと思って上演することにしました。『ハムレット』って戯曲は元々、すごく長くて。そのまんまだと何時間もかかるからカットしなきゃいけないんですけど、どこでカットをするかで演出家の意図、言うなれば匂いがもろについちゃうんですよね、台本のチョイスの段階から。でも、まあ、『ハムレット』の上演自体が演出家の匂いを“嗅ぐ”みたいな所もあると思うので、思いっきり自分と、このメンバーでしか作れない匂いの『ハムレット』を作ってみようと思っています。」
――― 恵まれたタイミングに揃うキャストも個性的な面々が揃う。そのキャスティングの理由にも迫った。
船岩「高川さんは、実はシェイクスピア作品をやったことがないと聞いて、やりましょうよって話をしていたんです。」
高川「本当になるとは思ってなかったから、その時は「いいね」って言いましたね(笑)」
船岩「今回は、「first quatro」と言う通常使われないとても短い底本を使うんですが、短いだけじゃなくてちょっと内容も違う部分があって、通常の「ハムレット」よりもハムレットの周りの人物のドラマのウェイトが大きく感じられるんですよね。それで、周りの人間たちのドラマを執拗に描けるメンツでやりたいなと思ったんです。その中で、クローディアスを高川さんにお願いしたんですけど。以前、ご一緒した時も大きな罪を抱えた役でして、その陰の付き纏い方がとても好きだったんです。」
高川「僕は近代古典はやったことあるんですけど、古典はやったことないんです。果たして僕がシェイクスピアをやるときは、どんな形でやるんだろうって思っていたら、船岩君から『ハムレット』をやりませんか?ってお話を頂きまして。絶対に、面白くて一筋縄じゃいかない『ハムレット』を作るに違いないので、僕のシェイクスピアヴァージンを捧げるには願ってもないことかもなと思いました。」
船岩「名塚さんは、過去に3回一緒に作品を創ってるんですが、この方、すごい行動力と主体性の塊なんですよね。ぜんぜんオフィーリアっぽくない(笑)そもそも、オフィーリアって状況にただただ流され破滅していくっていうプロットのせいで、どうしてもある種類の薄幸な女っていう印象がつきまとってるんじゃないかと思うんですが、その印象をどうにか取っ払えないかなって考えています。なので、彼女の本来持ってるパーソナルな部分が綺麗にはまったら、今まで見たことのないオフィーリアになるんじゃないかなって思うんです。」
名塚「周りからは、バイタリティーがあるだとか、行動的って本当によく言われるんです。船岩さんの作品に出るのは6年ぶりで、また呼んでもらえないかなって思っていたら声をかけていただいたので、嬉しかったですね。実は、船岩さんとは大学の同期なんですけど、その頃から物知りですね、っていう印象で(笑)『ハムレット』はそれぞれの解釈で長年に渡って上演され続けているので、自分の中での『ハムレット』を一緒に見つけられたら面白いだろうなと思っています。私の中で今、オフィーリアってあの絵画の水に浮いて流されているイメージが強いんです。ただ、その絵を以前見た印象としては、綺麗で儚い女性と言うよりは、女性特有の強さとある種の我儘さを感じたんです。なので、今回も自分ならではのオフィーリアが見つけられて、それが面白いと思ってもらえたら嬉しいですね。」
船岩「ハムレット役の木戸君ですけど、彼はワークショップで2回ほど受け持ったんです。すごい素直な子だなって印象で。ハムレットという人物ををどう描こうかと考えた結果、あくまでも一人の若者であるという事をクローズアップした作り方をしたいなって思っていて、戯曲に内包している哲学的な問いを今の時代において表現上体現できる若者ってのは、実は逆説的にものすごく深く考える神経質なタイプではなくて、彼みたいに元気で明るいタイプなのかなと思って(笑)」
木戸「まぁ、元気ですけど(笑)ワークショップの時、船岩さんがすごい難しいことを言うので、一つひとつ悩んでましたね。」
船岩「その悩み方の質がとても素直でいいなっていう印象なんですよ。僕が作りたいなっていうのに一番はまってるんですよね。全体のバランスや僕がやりたいなって思っていることに関しても、ハムレットの苦悩に対しても、とても合うだろうなって思っています。」
木戸「実は、僕は『ハムレット』を読んだことがなくて。読むべきか読まないべきか、今迷っています。」
船岩「読まなくていいよ!」
木戸「今回、船岩さんとお仕事をするのは初めてなんですが、ワークショップを受けた時に、船岩さんの戯曲の解釈が面白いなと思っていました。だから、船岩さんが書いてきた台本のハムレットをやりたいなと思っていて、今ある『ハムレット』を読んで変な先入観を入れるより、素直に感じたことをやっていきたいっていう気持ちが強いです。稽古初日に、船岩さんのハムレットの世界に入ろうかなと思っています。」
船岩「稽古の始まる前まで台本を渡さない主義なんです。稽古頭に渡すんですよ。先入観ってやつが厄介だと思っていて。その先入観に縛られて動けなくなっていくよりは、みんなで足並みをそろえて始めるほうが健康的かなと思ってまして。」
木戸「船岩さんの本を読んで感じたことが、僕に求められていることなのかなって。今の僕がやるからこその何かを感じてもらえればと思います。」
――― 現代だからこそ伝わる表現で行われる『ハムレット』。数多く上演されているだけにすでに刷り込まれている印象を変えていくのか楽しみでしかない。
名塚「皆さん、『ハムレット』に色んなイメージを持ちながら観に来られると思うんですよ。なので、そういった方たちが観ている間にイメージを取っ払って、物語に溶け込んで何かを感じて帰ってくれたら嬉しいですね。観てくれるお客さんに自然にイメージを消化してもらって、同じ景色をお客さんと一緒に見ることが出来たら、それが一番幸せな上演時間になるかなと思うので、そうなるように取り組んでみたいと思います。」
高川 「観た方にとって一生爪痕として残るものを持って帰っていただきたいです。全然『ハムレット』じゃなかったって言ってもいいですし、びっくりするだけでもいいんですけど、その人の中にあるポイントの時期に、『ハムレット』を見たって思えるような爪痕を残してくれると嬉しいですね。」
木戸 「本当に単純に楽しみでしかなくて、早く稽古をしたいなっていう気持ちが強いです。観に来たお客さんに影響を与えられたり、「あのハムレットよかったな」ってずっと言ってもらえる作品にできるように頑張ります。」
船岩 「原作を読んで観に来てもらえるよりも、気になって原作を読んでほしいなって思っています。面白い見世物を作ろうと思っています。」
(取材・文:熊谷洋幸 撮影:安藤史紘)