1997年に新国立劇場柿落し公演の1作品として井上ひさしによって書き下ろされた『紙屋町さくらホテル』。その後、こまつ座で250を超える公演を重ね、今回、07年以来の上演が決定。大島輝彦役の相島一之と、熊田正子役の伊勢佳世に話を聞いた。
――― お二人と井上ひさしさん、井上ひさし作品との関わりというのは?
相島「僕が最初に井上先生の作品に出たのは、2009年の『きらめく星座』ですね。やっぱり感動しましたよね。日本の演劇史に残る井上さんの作品に出られるということで。井上先生は、そのときは稽古に来られて、一緒にお食事するくらいだったんですが、その翌年にお亡くなりになられてしまったので、ぎりぎり先生とご一緒できたんだなと思いました」
伊勢「私は、2015年の『マンザナ、わが町』で井上さんの作品とかかわらせていただきまして、それまでにも、こまつ座の作品は何作か見ていたんですけど、見るのと演じるのとでこんなに違うのかと思いました。見ている分には、いとも簡単に笑わせてもらうのに、いざ自分でやるとなると、笑わせることがこんなに難しいかと。自分が想像していた解釈から、どんどん深いところにまで入っていかないといけないのだなと実感しました」
相島「実は、『きらめく星座』に出る前にも井上さんを紀伊国屋ホールでお見かけしあことがあったんですよ。井上さんが喫煙室でどなたかと雑談をされていたんですが、その芝居に僕と同じ三谷幸喜主宰の東京サンシャインボーイズ所属の人間も何人か出ていて、彼らの芝居を見た井上さんが、『三谷さんというのは、いい脚本を書くだけでなく、いい役者さんも育てたんですね』と言っているのを聞いて、『僕もその一員なんです!!!』と思っていたという、そんな記憶も残っています(笑)」
――― 井上作品を演じるにあたって、ほかの芝居とは違う部分というのはありますか?
相島「セリフの量が多いんですよ。その塊を役者は一回抱えてから出さないといけない。ポンポンと会話のラリーをするのではないので、気が引き締まるというかね。重いかたまりを、遠投するようなリズムなんですよね」
伊勢「わかります。私が普段やっている芝居は、会話劇が多いので、いつものように会話だけの面白さでやっていこうとすると、井上さんの作品に限っては違うことになってしまうので、まさに相島さんが言っているような、重い玉を自分で作って投げないといけないんだなと」
――― 今回の『紙屋町さくらホテル』の台本を読んでどう感じられましたか?
伊勢「一読者としても励まされましたが、役者としても励まされる台本でした」
相島「演劇のことが書かれていますからね。戦争というテーマがあるんですけど、その中に“お芝居”というものも描かれているので、演劇人からするとぐっとくるものがあるんですよね。井上先生の作品には、大きくわけて2種類あるような気がして。テーマはあるけれど、それをエンタメでくるめながら描くものと、テーマにまっこうから向き合うものと。この『紙屋町さくらホテル』は、エンタメでくるんだほうの作品だと思うんですね。でも、見終わったあとに、いろんなことを考えられるという」
――― 相島さんは、以前このお芝居を別のキャストで上演されているのを見られているそうですが、見たことで意識されるところってあるんでしょうか?
相島「言語学者の役なんですが、ある思いをもってこの紙屋町さくらホテルにやってきて、演劇の慰問団に参加する先生なんですよね。でも、見たことは、あまり意識することはなくて、むしろ以前演じた役者さんに、教えてもらえることがあったら教えてほしいと思うくらいです。この話をいただいたときは、もちろんうれしかったですね。役者って、いい芝居を見ると、そこにどういう形でもいいから立ちたいと思うもんなんですよ」
――― 伊勢さんが演じられるのはどういう役でしょうか。
伊勢「私の祖母が広島の福山にいるんですね。年に一度は帰って祖母に会うんですけど、台本を読んだときに、この熊田正子という役と似てるなって思いました。祖母もちょっと口さがなくて、言いたいことを言うし。正子という人も、神宮淳子とともにさくらホテルを共同経営しているので、男性だろうが年上の人だろうが、物怖じせずに意見を言える自分なりの哲学があるところがかっこいいなと思いました」
相島「お祖母ちゃんも戦争が終わって助かったことで必死だったのかもしれないですね」
伊勢「台本を読んでそう思いましたね。この舞台の中の登場人物も、目の前のことに必死で、お芝居をすることに対して一生懸命で、戦争の中にあっても、みんながエネルギッシュで、それがまたせつないんですよね」
相島「せつないですね。しかも、このお芝居は、戦争に敗れた後のシーンから物語が始まっていて、そのあとに時間が戦時下の広島へと飛ぶんですよね。だから、見ている人は、この人たちは、原爆が落ちる直前を生きていると知って見ているわけで、そこらへんも、たまらないものがあります。そこに音楽もあわさるので、より、ぐっとくると思います。同時になんかエールを送られているような気持ちにもなるんですよね」
伊勢「エールを送られている気持ちってありますね。『マンザナ、わが町』のときも、戦争の話だったんですが、そのときもお客さんに元気になったって言われたんですよ。今の人達も、それぞれに現実のいろんなものと戦ってて、そういう人が勇気づけられる作品だと思います。井上さんの作品って、つらいときにこそ、元気であったり、人を笑わせることが強さであると思える部分があって。そういうことを感じてもらえたらいいなと思います」
(取材・文:西森路代 撮影:間野真由美)