史実をモチーフにした時代劇で、人間の「ほんとう」を描き続ける蜂寅企画が、2012年に上演した『きら星のごとく』をリメイク。娯楽禁止のお触れに抗い戦う人々の姿を通して、エンターテイメントの素晴らしさを高らかに謳う意欲作だ。キャストを倍以上に増員し、初演からの続投組も配役を変更した同作は、再演というより新たに生まれ変わった作品と言っていい。 そして蜂寅企画自体も、主宰の中尾知代ひとりによる体制を改め、今年からメンバー2人を加えて再スタート。まさに話題満載と言えるこのタイミングに、主要キャストの面々も交えて話を聞いた。
役者が役者を呼び、いい感じに広がってきた
――― 高校時代から演劇に熱を入れていた中尾が、時代劇に関心を抱いたのは大学生の頃。殺陣のサークルに入ったのがきっかけだったという。
中尾「それまでは、“立ち回りってカッコいいな”くらいの認識しかなかったんですけど、殺陣を通して時代劇に初めて触れて、自分もやってみたいと思ったところから、いつの間にか好きになっていました。特に興味を持ったのが江戸の文化で、着ているものや所作、言葉使い、生活習慣など、何もかも現代と違って、それをひとつ知ればまたもうひとつ知りたくなるみたいに、世界観が連鎖的に広がっていくところがとにかく面白かったんです。あと、現代にもすごく通じるものがあるというか……現代劇だとちょっとアクが強くなってしまうような題材も、時代劇というフィルターを通すことによって、お客様の心に素直に入っていく。そういうところも踏まえつつ、時代劇の虜です(笑)」
――― そんな中尾が09年に立ち上げた蜂寅企画に、旗揚げ公演からすべて出演している女優が島田紗良。安田徳と共に今年から蜂寅企画のメンバーとなった彼女は、『きら星のごとく』で葛飾北斎の娘である浮世絵師・応為(劇中では母の画号を継いだ孫娘)を演じる。
島田「中尾とは殺陣のショーで共演したのが最初です。蜂寅企画の旗揚げではケンカしましたけどね(笑)。“ふざけんじゃねえ!”、“じゃあいいよ!やってやるよ”って(笑)。それから7年です」
中尾「ずっと看板女優的な立ち位置で、事実婚状態だったのが今年3月に入籍しましたっていう感じですね(笑)。安易な言葉で言うと、蜂寅企画のスピリッツをわかってくれている人。時代劇って、シーンとかを説明するのにけっこう時間がかかったりするんですけど、そこで“こういう空気ね”とわかっている人がいると、なじみやすいというか広がりやすい。そういう役割です」
島田「最近では亮さんもそうなっていますね」
――― その「亮さん」とは、エムキチビートの若宮亮。第7回公演『鉄火のいろは』(13年)から出演し、蜂寅企画にとってはレギュラーキャストと言える存在だ。今回は応為が挿絵を描いた本の版元・竹ノ屋の若主人を演じる。
若宮「4〜5年前に参加したある商業演劇の現場で、中尾さんが脚本・演出を担当していたんです。島田さんも出ていましたね。それで出会ってすぐ、まだ稽古中だというのに、“半年後に蜂寅企画の本公演があるから出てよ”って(笑)」
中尾「亮さんは、私が演劇の世界で初めて出会った“演劇のお兄さん”。稽古中のいろんなアイディアだけじゃなくて、団体の将来のことまで考えて、“もっとこういうこともできるんじゃない?”みたいなことも言ってくれる。頼れる演劇人です」
島田「いろんなことに対するケア能力が高いんですよね」
若宮「僕自身、時代劇はいろんなところでやっていますけど、蜂寅企画の作品は際立って面白かったし、中尾さん自身も将来有望というか、もっと面白くなっていくんじゃないかと思ったので、僕の力でよければ、何か助けになれるんだったら頑張りたいなと。さらに僕の周りにいるいろんな人を蜂寅企画とつなげて、いい感じに広がっていけばいいなという気持ちで関わらせていただいてます」
蜂寅企画にとっての大きな分岐点となる公演
――― そんな若宮の紹介で、今年3月の第10回公演『ひゃくはち問答』に初出演したのが、PUBLIC∴GARDEN!での活動でも注目される板倉光隆。今回は、禁令の取り締まりを行う町奉行・鳥居耀蔵を演じる。
板倉「若宮さんがすごく熱烈にアプローチしてくれたので参加してみると、いいところも足りないところもいろいろあって、これはもうちょっと深めに関わった方がいいなと思ったんです。それで今回はキャスティング段階からワークショップ、演技指導などいろいろなところに関わっています。島田と安田に蜂寅企画へ入れよって推したのも僕です」
島田「黒幕です(笑)。それで蜂寅企画の世界が変わりましたね。どう変わったかを説明すると明日の朝までかかってしまうんですけど(笑)、もう大変なことが起こってしまいました。それを一言で言うと、世界が変わってしまったと」
板倉「今回の公演は大きな分岐点というか、蜂寅企画がこれからどういう形でやっていけるのかという勝負の公演だと思うんです。だからいろんな人に入ってもらって、それぞれがいい状態で舞台に立ってもらえるようにキャスティングもしたので、もう期待しかないですね」
――― 応為が描いた妖怪退治の屏風絵から飛び出し、奉行所の面々を襲う謎の若武者・源頼光を演じるのは森本亮治。板倉と同じく、若宮が“ぜひ蜂寅企画に”と参加を勧めたひとりだ。
森本「若宮くんが劇団のためにいろんな人を呼んだりして力を尽くして、そこに板倉さんがいらっしゃって世界を変えて……僕はそこで何ができるのか、ずっと考えています。とりあえず現場にお菓子を持っていくことから始めようかと」
中尾&島田「(笑)」
森本「僕も演劇が大好きで、おこがましくも今後の演劇界を作っていきたいと思っている一人なので、同年代で劇団をやってらっしゃる中尾さんと一緒にムーブメントを起こしていきたいなという思いがあります。なんとなく参加して楽しかったねで終わるんじゃなくて、ちゃんと足跡を残して、関わったみんな一人ひとりが次につながるステップになればいいなと思っています」
――― そして、鳥居の部下として市中で偵察を行う坂下伊織を演じるのが祁答院雄貴。エムキチビートの公演に出演したことがある縁で、彼も若宮の勧めによる参加となった。
祁答院「僕も時代劇や殺陣が好きなので、もうテンションが上がってます。あと、今回は蜂寅の勝負をかけた分岐点になるというのを聞いて、そんな公演に呼んでもらえたというのがすごく嬉しいですし、森本さんがおっしゃったように、僕もしっかり爪痕を残したいと思っています」
――― その坂下の幼馴染みである鳥居の娘・箕を演じるのは、元アイドリング!!!の石田佳蓮。武家側の立場でありつつ、北斎や応為の描く浮世絵を密かに愛好し、坂下に想いを寄せながらも嫁入り先は決まっているという複雑な役回りだ。
石田「舞台はこれが3本目で、去年の10月にアイドリング!!!を卒業してからは2本目になります。まだ本当にゼロの状態で、時代劇も初めてなので、どんな雰囲気でどんな空気感の現場になるんだろうとドキドキしています。今、皆さんのいろいろな思いを聞きながら、私もそれに恥じないように精一杯頑張っていきたいと思いました」
時代劇を知らない人も、知っている人も楽しめる
――― では、この蜂寅企画にとって重要なタイミングに『きら星のごとく』を選んだ理由は何だったのだろうか。
中尾「初演の台本を書いたのが東日本大震災の直後で、演劇やイベントがたくさん中止になっていた時期でした。衣食住が整わない段階で、娯楽は一番最後にくるものだというのは確かにそうだと思う一方で、娯楽ができることっていったい何だろう、演劇をやるというのはいったい何だろうということをすごく考えて書いた台本だったんです。そういう意味で、当時の自分にとってもこの作品は分岐点でした。そして今年、蜂寅企画の世界が大きく変わった今、かつての分岐点をもっと素晴らしい形でできないだろうかと。自分の仕事をもう一度考え直すという意味でも、やっぱりこの作品しかないだろうと思って、再演に踏み切ったんです。といっても、再演じゃなくて気持ちとしてはリニューアル、生まれ変わりという感じでやりたいと思っています。タイトルの読み方も、初演は“きらぼしのごとく”、今回は“きらほしのごとく”と、微妙に変えています」
――― 冒頭で触れたようにキャストは大幅に増員され、総勢35人という大所帯に。これにも大きな狙いがあるという。
中尾「町の人々がたくさんいて、それぞれのドラマをちゃんと描きたいと思ったので、増やしちゃいました」
島田「それは初演のときから中尾がやりたいと言っていたことで、時代劇の根っこのひとつでもあります。いろんな身分、いろんな立場の人がいて、不満の声を上げても受け止められなかったり、届かない想いがあったり……時代劇ならではのそういうドラマチックな部分が錯綜しているところを、今回はもっとたくさんの人数で描いていけるので、すごく楽しみです」
――― こうして作られる新版『きら星のごとく』に、キャスト陣もそれぞれの意気込みを抱く。
若宮「初演は僕が関わらせていただく前の作品ですが、初めて台本を読んだとき、僕にとっての蜂寅企画の好きな部分……思いや魂を燃やしている人間の姿がすべてのキャラクターに描かれているなと思いました。僕の役に関しては、よく板倉さんなんかが稽古場や他の現場で僕をいじってくれるときに出ていたところを、初めてお客さんの前でやれるような役どころなので(笑)、そこでお客さんがホッとできたり、ちょっと面白いなと感じてもらえればいいなと思っています」
板倉「きれいごとというか、よくある“いい話”にはしたくないなという感じがすごくしています。人と人がちゃんとズレていてほしいし、しっかり生きていてほしい。エンターテイメントなんだけどリアルさが欲しいというか、“あ、こういうもんだったのね”で終わりにしたくない。あの時代の人たちは、現代に生きる人たちよりもエネルギーが強めじゃないと存在できないだろうなとも思っています」
森本「蜂寅企画の世界観に飛び込んで、体感して、生まれてくるものを大事にしたいので、なるべく事前にああしたいこうしたいって固めずに臨みたいですね。台本を読んでみんながどう思っているのかも聞きたいし、まだ右も左もわからないので、若宮くんたちが深い話をしているのに早く混ざりたい(笑)。あと、無敵の若武者の役なので殺陣は頑張らないとダメですね(汗)」
祁答院「坂下は、町の人たちに寄り添いたいけれど、立場上それができずに葛藤する役なので、そこをしっかりお客様に提示しなければならない。でも、役としてやるべきことは台本の中にしっかり血の通った台詞で書かれているので、生意気なようですがちょっと安心しています(笑)。あとは自分がどこまで稽古で積み上げていけるかという感じです」
石田「箕は生まれつき体が弱かったり、好きな人に気持ちを伝えたいけど伝えられない立場だったり、好きな本の出版が禁じられたりと、いろんな不自由を抱えています。でも今この現代では、そういう不自由さを感じることって少ないと思うんです。そんな昔のお話だからこその感情とか、生きていく上で確かに必要不可欠じゃない娯楽が、生きる楽しみだったりすることとかを、観る人に伝えていけるように頑張りたいです」
――― 時代劇というと敷居の高さを感じる人もいるかもしれない。しかし中尾は「時代劇を知らない人も楽しいし、知ってる人はより楽しい。そこは旗揚げからずっと目指しているところです」と力を込めて言う。そんな彼女に共感する演劇人たちの熱い気持ちが結晶した舞台には、観る者の心を震わせる何かがきっとあるに違いない。
中尾「ずっと一緒にやってきた人も、初めましての人もいますけど、いつも新しい息吹を舞台に投入したいと思っているし、生まれ変わりたい(笑)。自分が持っている固定観念みたいなものを、もうちょっといいものにしていきたいし、同じことの繰り返しだったらやる意味もないですから。自分たちが今ほんとに面白いと思っているものや、今感じていること、この2016年に生きている皆さんがお芝居や娯楽に対して思っていること……そんないろんなものをたくさん乗せて、船が出発すればいいなと思っております。ぜひ、グレードアップした蜂寅企画を観に来ていただきたいです」
(取材・文&撮影:西本 勲)
☆蜂寅企画 official PV ☆