ソプラノ歌手・柴田智子のプロデュースで昨年Vol.1が行われたスペシャルコンサート『アメリカンシアターシリーズ』。今年は、前回サポートを務めたピアニスト・内門卓也によるアレンジでガーシュインを取り上げる。歌はすべて原語で歌われ、日本語字幕やイメージ映像など、観客が楽曲の世界へ入り込みやすくするための演出も用意。キャパ300人の贅沢な空間で味わう音楽体験は、クリスマス間近の週末を忘れられないものにしてくれるだろう。
自由で芯のあるガーシュインの音楽
――― ニューヨーク在住経験が長い柴田は、この『アメリカンシアターシリーズ』を通して、アメリカ音楽の魅力をあたかも現地で体感するかのような形で観客に伝えることを目指す。
柴田「私がアメリカらしいと感じるのはシアター音楽。ミュージカルや演劇のようなエンターテイメント性が、まさにアメリカなんですよね。それを原語で伝えたいというのが私の考え。原語でしか分からない素晴らしさ、本物のリズムを伝えたいんです。それも、“分からない人は聴かなくてもいい”みたいな高飛車な姿勢じゃなく、映像を見せたり字幕をつけたりして、ニューヨークにいるような気持ちで楽しんでいただきたいと思って始めたのが『アメリカンシアターシリーズ』なんです。去年来てくださった皆さんも、すごく新鮮で面白かったとおっしゃっていました」
――― 昨年はモーリー・イーストンの歌曲集『December Songs』を取り上げたが、今年のテーマはジョージ・ガーシュイン。『のだめカンタービレ』のアニメ&ドラマ版で使われた「ラプソディ・イン・ブルー」の作者としてその名を知る人も多いだろう。柴田は、オペラ歌手ゲイル・ギルモアがガーシュインの楽曲を取り上げたCDを聴いて今回の企画を思いついたという。
柴田「オーケストラのアレンジがすごく良くて、感動したんです。ガーシュインの音楽ってめちゃめちゃ楽しくて、でも芯がしっかりしている。今、ちょっと時代が暗いので、今年はぜひこの軽快な音楽を皆さんにお届けしたいと思ったんです」
――― 昨年に続いてピアノを弾く内門は、今年は編曲も担当。「ラプソディ・イン・ブルー」をピアノ連弾にアレンジするなど、楽しみな趣向もある。
内門「編曲する上で、音楽の中身をなるべく自分でコントロールできる状態にしたいんです。例えば弦楽四重奏とかにすると、確かに見た目は派手になるのですが、演奏する側としては連弾の方が単純に音楽の内容に集中できる。柴田さんがお聴きになったギルモアのCDはオーケストラ伴奏なんですけど、連弾の方がその音場に近づくことができるかなというところですね」
柴田「内門さんのピアノは、音がきれいなところが素晴らしいですね。ご自身で作曲もなさるし、美しさを追求する心を持ってらっしゃるところも、私は好きです。普段は器楽が専門で、歌と一緒にやることはあまりないそうなんですけど」
内門「普段やっていることとあまりにも違うので、柴田さんとやらせていただくのはいろんな意味で面白いです。大変なときもありますが(笑)。今年は編曲という形でもどっぷり関わることになったので、クラシック、ジャズ、オペラなどいろんなジャンルに渡っているガーシュインの楽曲にどういうふうに取り組むか、そこをしっかり決めた上で臨みたいです」
次の世代へと受け継いでいくもの
――― アメリカ音楽の父と称されるガーシュイン。ジャズとクラシックを融合させた先駆者としても知られ、ミュージカルからオペラ、交響曲まで幅広いスタイルの楽曲を手がけた。今回のコンサートでは、前述の「ラプソディ・イン・ブルー」をはじめ、「アイ・ガット・リズム」「アイ・ラブ・ユー、ポーギー」「サマータイム」など、数々の名曲が披露される。
柴田「すごく明るくて、ワクワクするような内容です。それを1時間くらいやった後、第2部では季節に合わせたクリスマスの楽曲で構成します。そこではクラシカルというよりも、ペリー・コモみたいな、ちょっと粋な雰囲気でやろうかなと。第2部もガーシュインだとお客様もお腹いっぱいになるというか、“もうちょっとガーシュインを聴きたいな”というくらいがいいんじゃないかと思うんです」
――― 前回は歌のパートナーとして上原理生が出演し好評を博したが、今年はその役目を、上原の後輩にあたる大田翔が担う。取材に同席していた彼にもコメントしてもらおう。
大田「柴田さんとご一緒するのは初めてですし、ガーシュインの音楽もあまりやったことがないので、正直不安もありますが楽しみです。僕はオペラを専門にずっとクラシックを学んできましたが、ここ数年は他のジャンルにも挑戦したいと思っていました。いろんなジャンルの作品を作ってきたガーシュインの姿には憧れる部分もあるので、柴田さんを信じて教えていただきながら、今の自分にしかできないことをぶつけたいと思います」
柴田「大田さんは、劇団四季の『ウェストサイド物語』でトニー役に起用されたりして、今まさに飛び立とうとしている素晴らしい才能の持ち主。こういう新しい音楽家の方と共演できるのはいいですね。内門さんと連弾するもう1人のピアニスト伊藤郁馬さんは、ガーシュインの曲なら何でも弾けますっていうくらいのガーシュイン狂(笑)。内門さんとはまた違った、良いグルーヴを出してくれるんじゃないかと思います」
――― こうした共演を通じて、自身が体感してきた音楽の素晴らしさを次世代の音楽家に継承することも柴田の願いだ。
柴田「私のような経験をしていない若い方たちに、言葉じゃなくて一緒にやっていただくことで伝えていきたいんです」
内門「去年は一緒にニューヨークに連れていっていただきました。ニューヨークの音楽を柴田さんがやっているというのは、本当に素晴らしいことだと思います」
柴田「先日もブロードウェイで、アンドリュー・ロイド・ウェバーの『SCHOOL OF ROCK』とか、シルク・ドゥ・ソレイユの『PARAMOUR』などを観て、最高に面白かったんです。それらに共通しているのは、常に新しいことにチャレンジする姿勢。失敗するのも成功するのも、挑戦しなければ始まりませんから。私が今回のような規模のコンサートを半年とか1年かけて作っているのも、ひとつのチャレンジです。ニューヨークに行ったような気分に浸りながら、素晴らしい音楽をゆっくりと楽しんでいただきたいと思います」
(取材・文&撮影:西本 勲)