朝の連続テレビ小説『あさが来た』を筆頭に、今や女性の一代記ブーム。そんな中、演劇界にもこの系譜に連なる名作舞台が生まれようとしている。それが、2月23日から上演予定の『こと〜築地寿司物語〜』だ。
主人公のモデルとなるのは、日本初の女寿司店店主にして、創業90年を超える老舗『築地玉寿司』の礎を築いた中野里こと。愛する夫を亡くし、戦争により店さえも失った彼女が、子どもを抱えながら、『築地玉寿司』の暖簾を守りぬこうと立ち上がる姿を、映画・ドラマで活躍の人気脚本家・江頭美智留が力強く描いていく。
今回は、主人公・こと役の鳳恵弥をはじめ、共演の佐伯日菜子、牧野美千子、市川美織が登場。4人のインタビューから、遠き時代より受け継がれた女の強さが見えてきた。
「暖簾」を守る。その使命があるから、ことは強くいられた。
――― 脚本は、『ナースのお仕事』『ごくせん』をはじめ、時代を彩るヒロインを数多く描いてきたヒットメーカー・江頭美智留。本作でも、ヒロイン・ことはもちろん、登場するそれぞれの女性に、それぞれ異なる強さをこめて紡ぎ上げた。
鳳「ことさんが、いろんなものを失っても立ち上がることができたのは、やっぱり暖簾の重さを知っていたからだと思うんです。夫から託された『玉寿司』の暖簾を、次の代へと受け継がなくちゃいけない。その想いがあるから走りぬくことができた。
実は、私も実家が喫茶店をやっていて、祖母からずっと『長女のあなたが店を継ぐんだ』と言われて育ちました。だから、家業の重みというものは、少しはわかるつもりです。今の日本にも、伝統を守り続けてきた人がいて、その方たちによってこの国は支えられている。私は芸能という道を選びましたが、こうして家を守ったことさんの物語を演じる機会をいただけたのも、何かの巡り合わせ。この作品を通じて、継承することの大切さについて改めて考えてみたいと思います」
―――ことを献身的に支える女中の佳代を演じるのが、佐伯日菜子。この佳代もまた実在の女中をモデルにしている。
佐伯「空襲で東京が焼け野原になっても、実家に帰ることなく、ことさんを支え続ける道を選んだ佳代さんは、誰かを守る強さを持った女性。それだけ尽くすことができたのも、純粋にことさんのことが好きだったからだと思うんです。
それは、この間、本読みをしたときに実感しました。鳳さんが隣にいらしたんですけど、本読みの途中でポタポタという音がしたんですね。何だろうと横を見たら、鳳さんが本読みなのにもうボロボロと落涙されていて。その涙を見た瞬間、鳳さんがこの作品にかける情熱に打たれました。きっと佳代さんも同じ気持ちだったんだと思います」
「築地の女」が強いのは、築地が命をつなげる場所だから。
―――注目のキャストのひとりが、築地場外のつくだ煮店『諏訪商店』で女将を務める女優の牧野美千子。本物の「築地の女」が舞台上でも「築地の女」を演じる。
牧野「『超電子バイオマン』で地球を守っていた私が(笑)、築地に嫁いで30年。ただひたすらずっと女将をやってきて、今、こうしてまた女優として「築地の女」を演じさせてもらえるなんて…。たぶん築地にお嫁に行かなかったらこのお話はなかった。何か運命のようなものを感じますね。
私が演じるのは、『宮川食鳥鶏卵』という実際に築地にある鶏肉屋さんの女将さんがモデルになっています。まさに築地の女の強さを持った女性ですね。築地って生きるために必要な「食」を扱う場所。言い換えれば、生命の源を扱う場所です。だからでしょうね、築地はいつも生命力にあふれていて。周りに聖路加国際病院や国立がん研究センターがありますが、検診にいらした方が帰りによく築地に立ち寄っては、『ここに来ると元気が出る』って喜んでくださるんです。きっとそれは築地が命をつなげる場所だから。だから、そこで生きる女性もまたエネルギッシュなんですよ」
―――さらにことの娘役を演じる市川美織は、10年前、鳳と舞台『母の桜が散った日』でも母娘役を演じた。10年ぶりの共演に想いもひとしおだ。
鳳「私にとって美織ちゃんは、本当の娘のような存在。10年前も役づくりを兼ねてうちの実家に泊まりに来たり、一緒に表参道をぶらぶらデートしたり。打ち上げのときも、美織ちゃんはまだ小さかったので、先に帰らなくてはいけなくて。それが悲しくて泣いている美織ちゃんがすごく可愛かったのを覚えています(笑)」
市川「ちょうどその舞台が私にとって初めての舞台で、出演者の中に子どもが私しかいなかったのもあって、みなさんがとても可愛がってくださったんです。それが嬉しかったから、お別れになるのが余計に悲しくなっちゃって…。
その頃から鳳さんはカッコよくて、大人の女性ってこういう強さがあるんだって思っていました。鳳さんや他の共演者の方々を見て、私も将来また舞台に立ちたいと思ったので、こうしてまた母娘の役ができて本当に嬉しいです。私が演じるのは、絵を描くのが好きで、その無邪気さで周りを元気にするという女の子。女の子らしい可愛さの持ち主なので、私の中にある可愛さを全部出して演じたいと思います(笑)」
鳳「この間の紅白歌合戦でも美織ちゃんが10位に入っているのを見て感動してしまって。あの中で10位に入るなんて本当にすごいこと。どれだけ頑張ったんだろうと思うと、何だかまた母親のような気持ちになりました(笑)」
牧野「じゃあ私は祖母の気持ちで見守りたいと思います(笑)」
佐伯「じゃあ私は親戚のおばさんで(笑)」
衣装も!音楽も!トップクリエイターによる豪華コラボ。
―――クリエイター陣も豪華だ。鳳、佐伯、牧野が本番で身につける衣装は、日本を代表する着物デザイナー・紫藤尚世が監修を務める。紫藤といえば、故マイケル・ジャクソンや、中森明菜の『DESIRE』の衣装を手がけたレジェンド。この取材の着物も、『SHITO HISAYO』によるものだ。
鳳「紫藤先生は他のデザイナーさんにない感覚を持った方。私が今まで着てきたお着物って何だったんだろうって価値観が変わるくらい、先生のお着物はデザインもセンスも圧倒的。先生が監修してくださった衣装で舞台に立つことで身がさらに引き締められるというか。先生の衣装がことさんを一段とブラッシュアップしてくれるような気がします」
牧野「紫藤先生もまた、ことさんと同じように、私たちの前を走る先輩女子。先生のようなカッコいい女性がいてくださるおかげで、これからの自分の人生もますます楽しみに思えるし、先生のお着物によって舞台の楽しみもさらに広がるのではないでしょうか」
―――さらに、主題歌・挿入歌を作曲するのは、木根尚登だ。
鳳「江頭先生の書いた歌詞から木根さんが曲を書き下ろされたのですが、本当に素敵で。バラードとマーチの2曲あって、どちらも木根さんの才能があふれた楽曲。劇中で私たちが歌うシーンもあるのですが、早く歌いたいなってワクワクしました。すごく耳に残るメロディなので、ぜひみなさんにも一緒に口ずさんでいただきたいですね」
佐伯「私は作家としての木根さんが好きで、中学生のときに木根さんの『ユンカース・カム・ヒア』を読んで以来、イギリスやファンタジーが好きになったり、ものすごく影響を受けました。だから、木根さんが曲を書き下ろしてくださると聞いたときは、もうびっくり。しかも、日替わりゲストとしてもいらっしゃいます。あの木根さんと舞台に立てるなんて、今からドキドキです(笑)」
―――ちなみに、チラシ、ポスターのメインビジュアルを書き下ろしたのは大ヒット漫画『Dr.コトー診療所』の山田貴敏。プロデューサーの関口忠相、主演の鳳とは数年前から交流が有り、昨年は自身初の舞台作品『W』を鳳主演で上演。長期休載中だった『Dr.コトー診療所』もふたりの協力を受け再開に向けて動き出すなど、親交は深い。その厚い絆が生んだ、特別な1枚だ。ぜひ作品とあわせてチェックしてほしい。
激動の時代を生きた女性たちが贈る現代への応援歌。
―――戦中戦後、混迷を極めた時代が舞台だが、そこで生きる女性たちはどこまでも強くたくましい。その前向きな生き様は、きっと現代を生きる私たちに様々なメッセージをもたらしてくれるはずだ。
鳳「私の親世代でさえもう当時のことを知る人は少なくなってきましたが、祖父母の世代なら、まさにこの時代を当事者として生きた方々。きっと舞台を観て懐かしく思ってくださる方も多いと思います。今の日本の礎を築いた人たちの物語。ぜひみなさんで懐かしんでいただけたら」
佐伯「脚本が本当に素晴らしくて。感動できるし、笑えるし、脚本の段階ですでにしっかりと完成されているんです。そこにこれだけの役者さんのパワーが揃えば、きっともっといいものになるんじゃないかなっていう予感があります。この作品は、心の栄養のようなもの。たっぷり吸収して、また明日から頑張ろうかなと思ってもらえたらいいですね」
牧野「私はシンプルに築地のことを好きになってもらいたいですね。場所も、築地本願寺のブディストホールですから、ぜひお芝居の前に築地に寄っていただいて、築地の息吹を感じるもいいと思う。時代が変わっても、築地のスピリッドは変わらない。舞台でもぜひそのスピリットをお届けしたいです」
市川「私のファンの方の中には、私が舞台に出ることで初めて舞台を観に行ったという方も多くて。この作品で舞台の面白さを知って、そこから他のいろんな舞台にも足を運ぶきっかけにしてもらえたらいいなって思います。あとは私の同世代の方でしたら、家族で来ていただいても楽しいと思う。舞台を観て家族の絆を温めるというか、そういう拠り所になれたら、とっても嬉しいです」
取材・文&撮影:横川良明
取材協力:SHITO HISAYO
オフィシャルサイト:http://www.shito-hisayo.jp/