あさま山荘事件、ナチス、天皇制など、シリアスな社会事象を主なモチーフとしてきた劇団チョコレートケーキの新作『60'sエレジー』は、日本人の生活が最も大きく変わった1960年代に、東京下町のとある町工場に集う「普通の人々」の物語だ。果たしてこれは変化なのか、それとも……。劇団員から代表の日澤雄介をはじめとする4人に、客演の佐藤みゆきを交えて話を聞いた。
日本人の生活様式が大きく変わった時代
――― 本作の方向性について、脚本の古川 健は「すごく重いところを煮詰めていく今までのやり方とは違うものも探っていけたらなとずっと思っていた」と話す。
古川「うちの作品は史実の登場人物を扱うことが割と多く、特に前回はそういう感じだったので(大正天皇を描いた『治天ノ君』)、それとはちょっと違った感じで、市民感覚に根付いた作品作りを1回やってみたいと思ったんです。そこで、歴史事件的な意味ではなく生活史という意味で日本人の暮らしが一番変わった時代はいつ頃なのかと考えたとき、いろいろ調べてみるとどうやら60年代だろうと。このあたりの時代が、最も短い時間で日本人の生活様式が大きく変わって、しかも現代につながる時間だということが面白そうだと思い、その60年代を生きた一般的な市民を扱うことにしました」
――― 舞台となるのは、蚊帳を製造する町工場。古川いわく「高度経済成長期を過ぎるとほとんど売れなくなってしまう、滅びゆく産業」を象徴するモチーフだ。演出を手がける日澤も「当時の人間同士の関係と、現代との違いみたいなものを浮き彫りにできたら」と口をそろえる。
日澤「古川がどう書くかではありますが、今までやってきたような、会場自体を追い込む感じの演出とは違うものが求められるだろうなとは思っています。当時の生命感というか、ガツガツしていてちょっと埃っぽいみたいなものは、時代性としてやっぱり出さなければいけないかなと」
――― 劇団員の西尾友樹と岡本 篤も、新作の方向性に大きな期待を抱く。
西尾「歴史上の大きな事件とか偉人といったキャッチーな何かがないぶん、しっかりドラマを作らなきゃいけないだろうなとは思います。これまでの作品でも、たとえ天皇が出てこようが普通の人々の話だということを意識して作ってきた部分はすごくありましたが、僕としては今までとはまた違ったものにしたいとは思っています」
岡本「演劇でも映画でも、60年代というのはけっこうよく扱われる題材なので、そこでチョコレートケーキがどういうものを見せられるか。西尾の話にあったように人々の暮らしを描いていくということでは変わりませんが、もちろん今までと違う部分もあるので、純粋に楽しみでもありますし、気を引き締めていかなければいけないなと思っています」
紅一点キャスト・佐藤みゆきの魅力とは
――― そんな『60'sエレジー』に紅一点キャストで客演するのが佐藤みゆき。舞台やCMなどで活躍し、現在全国公開中の映画『真白の恋』で主人公を演じている注目の女優である。
日澤「西尾が別のカンパニーで共演した縁もありますが、うちでも以前に一度オファーをさせてもらったことがあって、そのときはスケジュールが合わなくてご一緒できなかったんです。今回は満を持して出ていただけることになりました。とにかくお芝居が瑞々しいところが魅力的で、身体でぶつかっていくような感じのお芝居をされるところが、うちには合うかなと」
西尾「みゆきちゃんと共演するのは2011年以来ですが、すごくフォトジェニックでもある一方で、汚らしい表現に臆せず飛び込んでいくというか、簡単な道と難しい道、死ぬかもしれない道があったとしたら常に三番目を選んでいく姿を見て、僕自身も道標にしている俳優さんなんです。自分もこんな表現ができたらいいなとか、すごく汚いのが逆に美しかったりとか、見ていて普通じゃいられなくなるみゆきちゃんの芝居が僕は好きで、チョコレートケーキでぜひ出てほしいというのがずっとありました」
岡本「私は今回初めてですが、いち俳優としてぜひ一度ご一緒したいなというのはありましたので、劇団の会議で名前が挙がったときから私も推していました」
古川「僕は何度か客席から拝見していて、お綺麗だけど血の通った演技をされる方だなという印象がありました。紅一点ということで、いろいろな要素とか魅力を余すことなく出していただきたいと思っているので、そういう役回りにも相応しいというか、きっといろんな魅力を見せていただけるんじゃないかなと」
佐藤「ありがとうございます。そもそもチョコレートケーキさんからオファーをいただいたということが身に余る光栄で、前に出られなかったときもすごく悔しかったんです。だから今回は本当に嬉しくて。ただ、先ほど日澤さんがおっしゃっていたように、今までのチョコレートケーキのヒリヒリした感じというか、ちょっと人が狂っていくような状態の中の物語ではなさそうなので、西尾さんが好きだと言ってくださった部分が果たして使えるのかというのは、まだわからないです。でも、それが私の二十代の頃の得意技の1つだったとするなら、もう今年で33歳になるので、そろそろ大人になっていかなくてはならない年齢で「日本のお母さん」を演じられるのはとても楽しみです」
日澤「確かに、以前お声がけしたタイミングでこの作品だったらちょっと若すぎたかもしれませんが、今のみゆきさんの年齢でというのは結構いい巡り合わせだと思っています」
佐藤「今回の作品はとても人情に溢れているというか、あの時代ならではの人の優しさがあって、私が客席で観ていたらきっと泣いちゃうだろうなと思うようなグッとくるシーンもありました。このお話の世界に私も入れるのはすごく嬉しいです」
チョコレートケーキの代表作と言えるものに
――― 過去3回の公演では東京芸術劇場シアターイースト、世田谷シアタートラムという中規模の劇場が続いたチョコレートケーキだが、今回は2014年以来となる新宿サンモールスタジオでの上演。そして約3週間という公演期間は劇団史上初めてのこと。
西尾「小さい劇場でやろうというのは当初から決めていたので、今回の作品がうまくはまればいいなと思っています」 日澤「最近大きめの劇場が続いたので、やっぱりこの距離感でそろそろ勝負しないとねというのはありました。1つのところで3週間やるというのも我々としては初めてなので、そういった意味でもチャレンジしていきたいですね」
――― こうして話を聞いていると、これまでチョコレートケーキの舞台に接したことがなかった人にも優しい手触りの作品だという印象を受ける。そもそも劇場に足を運ぶのは初めてという人も含め、1人でも多くの「新たな観客」に届いてほしいと思わずにいられない。
日澤「どんな作品であっても、人間を描くという我々のカラーは変わらないので、まずはそこを見てほしいです。今の僕たちが作った60年代のお話、というところにこだわって作っていきますので、2017年という今の時代と60年代の肌触りの違いみたいなものがお客さんに伝わればいいなと思っています」
岡本「ある劇団が、そのイメージから少し外れたものをやった場合、ファンの方々からすると「今までのほうが良かった」というような意見はよく聞くところですが、日澤が言ったとおり我々がやることは変わりませんし、今回は特に、僕らが今できることはこれだという姿勢でやるつもりです。今までの作風がどうこうというのは関係なく、今回の作品がチョコの代表作と言えるような姿勢で臨みたいと思います」
西尾「僕はチョコでやるときは常に新しいものを見せたいと思っていて、それは今回も変わりません。なかなか言葉にしづらいんですけど……チョコの作品を作るというよりも「この作品」を作るための集団になって、見たことのない作品にしたいです。その結果、仮に今までのレールから外れたとしても、それでどう思われようとも、今僕らがやれることをとにかく死ぬ気でやるっていうことですね」
佐藤「チョコレートケーキさんの演劇にはものすごく熱量がある一方で、俳優さんたちに圧倒的な人間味があるので、演劇を見慣れていない方でもすんなり入っていくことができると思いますし、私もそのように頑張ろうと思っています。SNSやメールが発達した現代は、人間同士の密な関係性が希薄になったり、孤独を感じたりすることも多い中で、今回は60年代の家族経営をしている町工場のお話を通して、今の自分を省みることができる作品になるような気がしています。とても近い距離感で、登場人物の生活や意思をビシビシと感じていただけると思いますし、3週間もやっていますので(笑)、ぜひ劇場にいらしてください」
古川「戦後の話という時点で、チョコレートケーキとしては珍しいって言われると思いますが、僕はどんな題材であっても、歴史的にこういうことがありましたということではなく、その中で人間がどう悩んで、何を選んで生きていくかという意思をお客様に見てもらいたいと思っていつも脚本を書いています。今回もそこを外さなければ、チョコレートケーキらしい芝居になると思いますので、いろんな背景を背負った人間の生きる営みを感じて、少しでも何かを心に残して帰っていただけたら嬉しいです」
(取材・文&撮影:西本 勲)