クラシックというジャンルを越え、今を生きる喜びを世界に発信するソプラノアーティスト柴田智子が、『LIFE』と題したリサイタルを7月に行う。“人生”というタイトルが冠されたこのリサイタルでは、彼女が愛するアメリカのシアター音楽や、武満徹の歌曲、新たに書き下ろされたオリジナル曲を披露。「人生の節目に、歌いたい曲をまとめたリサイタルです」と話す彼女の思いとは? オリジナル曲の作曲を手掛け、当日の伴奏も担当するピアニスト内門卓也を交えて話を聞いた。
最後は日本語で伝えたい、その願いを新曲に乗せて
――― 今回のリサイタルは、2015年に始めた『アメリカンシアターシリーズ』のようなテーマ性のあるものとは少し趣が違うようですが、どのようなコンセプトがあるのでしょうか?
柴田「まず、今までやってきたことを1つの形にして消化し、次のステップに進みたいということ。そして、最近はゲスト歌手をお迎えするステージが多かったので、リサイタルという形で1人でじっくり歌ってみたいというのもあります」
――― ゲストとの共演を重ねる中で、1人で歌ってみたい曲が溜まってきたということでしょうか?
柴田「いろいろ視野は広がりましたね。その広がった道の中で、“やっぱりこの花はきれいだったな”というものを集めた、という感じなのが今回の選曲です。今までは、お客様がどう楽しむか、どんな人の歌を聴きたいだろうかというのを常に考えてやってきましたが、今回はちょっと自分目線かもしれません。たとえば前半で取り上げるベン・ムーアなんて、日本ではほとんど知られていないと思いますが、私の好きなアメリカ音楽の要素が詰まっているのでぜひ歌ってみたいし、こういう曲が集まって新しいミュージカルシアターができていったらいいなと願っています」
――― 当日のプログラムについて解説していただけますか?
柴田「まず、前半は英語の曲で構成します。昨年12月の『アメリカンシアターシリーズ』でガーシュウィンを取り上げましたが、今回は代表曲「サマータイム」に加えて、12月には歌わなかった「誰かが私を愛してる」「バイ・シュトラウス」といった曲を聴いていただきます。あと、先ほどお話ししたベン・ムーア、そしてダグラス・ムーアのオペラ『バラード・オブ・ベイビー・ドゥ』からの楽曲も歌います。
どれも共通しているのは、恋愛ものだということです。その中には、去ってしまった昔の思い出に対する愛もあれば、不倫もある。日本では恥ずかしくてオブラートに包んでしまうようなこともリアルに語っていて、でもすごく素敵なんです。それはアメリカならではの表現だし、伝えていきたいという気持ちがあります。当日はナビゲーターとして音楽ジャーナリストの林田直樹さんをお迎えし、そうした楽曲の背景も解説していただく予定です」
――― そして、後半は日本語の楽曲を集めているのですね。
柴田「そうです。以前も1曲、日本語の曲を作ったのですが、最終的には日本語で伝えたいといういう思いが、特に最近高まっています。それで後半は、武満徹のもので私が好きな数曲と、内門さんと一緒に作っている新曲「LIFE」を披露します。これは組曲形式になっていて、私が日本語で歌詞を書き、内門さんに曲をつけていただいているのですが、とても大きなチャレンジだと思います。日本語と英語では言葉のリズムがまったく違いますから」
内門「過去に日本語の曲を作ったことは何回かありますが、柴田さんとやるときは、どういうジャンル、どういうスタイルで曲を仕上げていくかがポイントになります。今回は良い意味で多様性のある作品にできたらいいなと思っています。日本語はどうしても平坦なリズムになりがちなので、そこをどう扱うかというのも難しいところです」
柴田「例えば“あたし”の“あ”1つをとっても、母音の歌い方をちょっと変えるだけで全く違う表現になる。そういうことも細かくやりたいと思っています」
今を呼吸し、普遍性へ向かって常に挑戦するのが人生
――― その「LIFE」という曲がリサイタルのタイトルにもなっています。とても大きな意味がありそうですね。
柴田「父と母が亡くなるなど、自分の中で節目がいろいろあったんです。それで実家を整理していたら、昔の両親の写真がいろいろ出てきて、自分が知らなかった父と母の思い出に触れることができました。あと、私が生まれたのは青山なのですが、当時の青山は今と全然違って畑がたくさんあって……それこそ『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいな感じ。そういう思い出とか、日本の良さみたいなものを、私の言葉で音楽に乗せて伝えたいというのが「LIFE」なんです。それも、オペラで歌ってきたようなドラマチックな内容ではなく、普段は見落としてしまっているような何気ないことを何気なく語る。そういうことの方が共感してもらえるんじゃないかと、最近思うんです。だから歌詞もたわいもないことをいっぱい書いていて……作曲される方は大変だと思うんですけど(笑)」
内門「いえいえ(笑)」
柴田「いつか自分の言葉で曲を書いてシアター音楽を作りたいという夢があるんです。それに近づくために、とにかく自分のできることをやってみたい。それはとても大変なことですが、まずは小品からスタートしてみようというのが今回のチャレンジです」
――― 柴田さんほどのキャリアを積んだ方が、ここからまた新しいことをやろうというのはなかなかないことだと思います。
柴田「私はいつも“壊す”んです。以前ドキュメンタリー番組のオファーをいだだいたことがあるのですが、そのときに“柴田さんは一生懸命作ったものを壊して、次に行く。そのエネルギーは何なのですか?”と言われたんです。自分では特に意識していないんですけど、たとえばニューヨークで新しいミュージカルを観ると、今でもとんでもなくすごいものがありますし、常に新しいものを見つけようとはしていますね。何かを始めることの大変さはもちろんありますが、始めたからこそ自信になるし、キャリアとして残る。それが人生だと思うんです」
――― そういう意味も込められたタイトルなのですね。
柴田「そして、いつか壊さなくてもいいような作品を残したい。今回の公演は、そのトライアルにあたります。私にとって普遍性のあるものを創り出したいという、人生最後の大きなプロジェクトに向けてのトライアルです。いろいろな方向性の作品にしたり、違う作曲家にも依頼したりといった試行錯誤を繰り返し、普遍的な作品を1つでも残したいと思っています」
内門「どの世界でも、自分が本当にやりたいことをやるってとても難しいし、エネルギーも必要。それをやるというのはすごいと思うので、自分はそれに対してのサポートができればという感じですね」
柴田「内門さんとはここ3年くらいのお付き合いですが、最初はインターネットの動画で拝見して、ぜひ一緒にやってみたいと思いました。必要以上に遠慮することなく、いろんなことを言ってくださる方ですね」
内門「自分が知らないこと、考えもしないことをいろいろ言ってくださる柴田さんと向き合っていると、いつも新鮮な気分になります。特に今回のように、音楽で自分の人生を語るなんて凡人にはなかなかできないことだし、僕自身もいろんなことを考えされられますね」
柴田「私と同じくらいの世代には、なかなかコンサートに足を運びづらい方も多いと思いますが、今回はそんな皆さんにもぜひ聴いていただきたい内容です。そして温かい気持ちになって帰ってもらえたらいいなと思っています」
(取材・文&撮影:西本 勲)