唐十郎の戯曲を仮設テントで上演し多くのファンを持つ唐組が今秋の公演で取り上げるのは、1993年の作品『動物園が消える日』。かつて実在した石川県の動物園と、その人気者だったカバから発想を膨らませた本作は、座長代理の久保井 研いわく「唐的ウルトラセンチメンタリズム」を感じさせる作品だという。
その久保井が物語のキーパーソンを演じながら演出にも汗を流す稽古場を尋ね、看板女優の藤井由紀も加えて行ったインタビューをお届けしよう。
物語自体と、舞台上で表現されることのギャップが面白い
――― 『動物園が消える日』は、春の公演『ビンローの封印』(1991年初演)と近い時期に書かれた戯曲で、『ビンロー〜』も日本の漁船が海賊に襲われたというニュースに触発された内容でした。
久保井「唐さんはいつも話のネタになるようなものを探していて、特にニュースやドキュメンタリーはものすごく好きでした。「昨日あの番組見た?」なんていう話から1日が始まるみたいなところがあって。2年前に再演した『桃太郎の母』(1992年初演)も、台湾に旅行中の女子大生が殺された事件が基になっていますし、そういう実際にあったことを創作の種にすることは多かったですね」
――― チラシに書かれた久保井さんの文章に「唐的ウルトラセンチメンタリズムは、人々の中にいる動物たちに問いかける」という一節があります。
久保井「『ビンロー〜』はある意味、まがいものとまがいものが対決する冒険活劇というところに面白さがある作品でしたから、今回はまたちょっと極端な方向に振れていますという意味で「センチメンタリズム」という言葉を使いました。地元で愛された動物園が消えていくことや、そこで働いていた人間、動物たちがいなくなってしまうことに対する感傷的な気分が根っこにあって、それを人間たちがどう乗り越えていくのかっていうところを描ければという思いがあります」
――― 『ビンロー〜』のときのインタビューでは、ダイナミックな作品を通して劇団を活性化させる狙いがあると話していましたが、今回は逆方向に振れている?
久保井「ところが実はこれ、物語の要素としては感傷的なところにモチーフがありますが、作り上がった芝居は青春群像劇というか、若者たちの対決というか、けっこうドタバタ芝居なんです。物語自体にあるものと、舞台上で表現されていくものとのギャップが面白い本だなという気がします」
――― 藤井さんはこの作品にどんな印象を持っていますか?
藤井「ちょうど唐組メンバーの粒が揃ってきて、当時は新人だった私たちの先輩たちに当てて唐さんがバリバリに当て書きしていた時期の戯曲なので、ト書きや台詞の端々に、その人たちの思い出みたいなものが詰まっていて、読んでいてすごく面白いんです。唐さん自身もすごく幸せに書いてたんじゃないかなあって。先輩たちがこの作品の話をするときも、みんなとても嬉しそうなのが印象的で。唐組としても、ようやく状況劇場の先輩たちの力を借りずに評価されるようになった作品だと聞いているので、そんな作品をやれるのはすごく嬉しいですね」
――― 本作のモデルは1993年に閉鎖された金沢サニーランドの動物園で、そこにはお菓子メーカーのキャンペーンで全国を回った大きなカバがいたそうですね。
久保井「実際は新しい動物園に移されたといういきさつがあったのですが、この作品では、閉鎖が決まって行き場がなくなったカバを再び引き取れと、飼育係がお菓子メーカーに交渉するという荒唐無稽な設定になっています。上野動物園の近くにあるビジネスホテルのロビーに、サニーランドの飼育係たちや受付の女の子たちが集ってしまうところから物語が始まって、それぞれがそれぞれの中に飼っている動物がいる、それはどうやって育てていくのか…… というようなところにつながっていく。そして最終的には、中世ヨーロッパで実際に行われていたという動物裁判が繰り広げられます。被告はカバで(笑)」
――― 閉鎖される動物園、カバ、動物裁判……とイメージが連鎖していくのが面白いですね。
久保井「そう。全部つながっているんですよね」
藤井「ゲランの「夜間飛行」という香水が出てくるのですが、それも調べるといろんなものが引っかかってきて、この言葉はどこから出てきたんだろうとか、物語との関係性をどう作っていくと成立するのかなとか、そういうことを考えるのはすごく楽しいです。あと、言葉を本当に大事にする、言葉の魔術師みたいな唐さんが、人間は喋って動物は喋らないということをどう考えていたのか知りたいですね」
摩訶不思議さだけではない唐十郎の魅力が出ている
――― 稽古の手応えはどうですか?
久保井「春に『ビンロー〜』をやったときは、荒削りなところもありつつ、勢いとか生きの良さを感じて、自分としても一つの成果があったと思っています。今回はただの勢いじゃなくて、それぞれの人間の形象なり膨らませ方に向かえばいいなと思って稽古をしています。まだまだやらなきゃいけないことは多いですけどね」
――― 稽古で役者の皆さんにかける言葉も変わりますか。
久保井「それはすごく意識しています。勢いで処理できないことの方が多いよっていう話はしていますね」
――― 作品全体のトーンとして、幻想的な部分は控えめになっている?
久保井「そうですね、今回は割とそういう要素は少ないかもしれません。幻想的なものに巻き込まれて動いていくというより、現実との距離感を観念で飛躍させていく。ものの見方を変化させることで、それぞれの登場人物の価値観が作り上げられていくという話ですね」
――― テントの中で異世界を味わうところに唐組らしさを感じている人にとっては、ちょっと新鮮に映りそうですね。
久保井「そこが面白いところじゃないでしょうか。この作品を選んだ理由も、そういうところが大きいですね。チラシに載せた評論家の扇田昭彦さんの文章でも、ロマンとは完全に切り離した作劇に面白味があると書いてくださっています。幻想とか摩訶不思議さばかりではない唐十郎の魅力が出ている作品だと思います」
――― 逆に、これまで敬遠していたような人たちにとっては唐組への入口になるかもしれません。
久保井「そうだといいですね。そして常に、いい意味で裏切り続けたいというのはあります。おっ、今度はまた違うタイプの話だなっていう。そういう面白さもあっていいんじゃないかと思っています」
――― 11月には金沢でも上演するのですね。
久保井「金沢は2回目です。前回は2012年、泉鏡花フェスティバルに呼ばれて『海星』を上演したのですが、その年に唐さんが倒れてしまったので、僕らだけで行ってきて。そのときは状況劇場時代の皆さんが金沢まで応援に来てくださって、ずいぶん助けられました。本当にありがたかったです。唐さんが現場に立てなくなれば無くなってしかるべき集団を、僕らで続けていこうかっていう決心をした公演でもありました」
――― そこを再訪することには大きな意味がありますね。
久保井「そうですね。1回しか行っていませんが、金沢にはいろんな思い出がいっぱいあります。天気が大荒れでね……」(チラシに掲載された久保井の文章に、そのときのエピソードが語られているので参照されたし)
――― 最後に、唐組初見の方へ本作の見どころをお願いします。
藤井「どのキャラクターにも面白い台詞やシーンがあるので、「私はここが面白かった」みたいな感じで、見終わった後にいろいろ話してもらえたらいいなと思います」
久保井「そこはやっぱり唐さんの持ってるドラマツルギーというか、登場人物ごとにきちんとバックボーンを用意した上で、その人物がこの虚構空間をどう生きてどう始末するのか、というようなことを頭の中に置いて書いている。藤井が言った面白さというのは、そういうところに一番大きな理由があるんじゃないかなと思いますね」
(取材・文&撮影:西本 勲)