当代きってのベストセラー作家・東野圭吾の代表作『手紙』がミュージカルとなる。発行部数150万部を突破し、映画も大ヒットを記録したハンカチ必携の感動作を、舞台でどのように表現するのか。2016年最大の話題作の全貌を、計3回のインタビューで明らかにしていく。第1回に登場するのは、脚本・作詞の高橋知伽江、作曲・音楽監督 ・作詞の深沢桂子、そして演出の藤田俊太郎。ミュージカル界のベテランと、演劇界の新星。三者の化学反応の上に生まれるものとははたして ――
『手紙』に託されたオリジナルミュージカルへの情熱と可能性。
――― 本作の構想は遥か数年前からひそかに温め続けられていたという。そこには、高橋と深沢のオリジナルミュージカルへの強いこだわりがあった。
高橋「私はこれまで海外のミュージカルの創作現場に数多く立ち会ってきて、そこから多くのものを学んできました。そこで得た引き出しを利用してオリジナルをつくることが、ミュージカルに関わる者としての道筋かなとずっと思っていたんです」
深沢「オリジナルミュージカルをやりたいというは私も同じ。高橋さんとずっと仕事をやっていて、いつかやりたいって話していたんですよね」
高橋「それで、この『手紙』の映画を観たとき、普通は誰も思わないだろうけど、私はこの作品をミュージカルにしたいと思ったんですよ」
――― ミュージカルといえば、一般的に『エリザベート』や『レ・ミゼラブル』といったビッグネームが真っ先に浮かぶ。こうしたグランドミュージカルと『手紙』の世界観は一見対照的のように思えるが。
高橋「『手紙』のストーリーは何年も時間をまたぐし、いろんな場所が出てくる。普通のストレートプレイでそれを表すのは難しいけど、ミュージカルなら“歌による飛躍”ができる。だからむしろ私はミュージカルならできると思いましたね」
――― そうして二人が選んだ演出家が、2014年に上演された『The Beautiful Game』の演出で第22回読売演劇大賞において「杉村春子賞」「優秀演出家賞」に輝いた若き才能・藤田俊太郎だった。
高橋「藤田さんとは『The Beautiful Game』でご一緒(訳詞:高橋)させていただきました。もう最初から作品への取り組み方が尋常でなく熱かったし、普遍的なテーマをきちっと浮き彫りにして、初演とはまったく違う作品なんじゃないかっていうものをつくり上げた。それで『手紙』の演出家はこの人しかいないと思って、深沢さんにも作品を観てもらったんです」
深沢「音楽の使い方がとても良かったんです。音楽を好きじゃない人が演出をしているミュージカルも残念ですがいっぱいある。でも、この人は音楽を信じていて、音楽ありきの演出をしているなって。私にとっては自分がつくった音楽をどういうふうに演出してくれるかは、とっても重要なこと。だから音楽を大事に演出してくれる方は信頼できます。それで、作品を観て、すぐに楽屋裏で名刺を渡しました(笑)」
藤田「僕はずっとストレートプレイの作品で演出助手をやってきました。ミュージカルは『The Beautiful Game』がデビュー作。メジャーデビューですが、演出家としてこれから活動できるかとうか、これが最後の演出だというつもりで作品に取り組みました。そうしたら知伽江さんも深沢さんもそれ以上の熱意で声をかけ、名刺を持ってきてくださった。もう驚きと共に本当にありがたいことだなって恐れ入るような気持ちでした。お二人が今まで積み重ねてこられた翻訳劇のキャリアはよく知っていました。だから、答えは単純明快。お二人と仕事ができるというそれだけで、やりますと即答しました」
同じ表現者として捧げる、作家・東野圭吾への最大級の敬意。
――― 多くのヒット作を誇る東野圭吾の中でも屈指の人気作『手紙』。その魅力をどのように見ているのだろうか。
高橋「この作品にふれて思ったのは、まずこれは誰にでも起こりうる悲劇だということ。私たちは日頃犯罪と無縁と信じて生きていますが、たとえ自分が何もしていなくても、ある日突然人生が裏返しになってしまうようなことは誰にでも起こりうる。自分が安全と思ってのうのうと生きている日常の危うさ脆さへの警告が非常に面白いと思い、そこに着目して作品をつくりたいと思いました」
藤田「なぜこの作品がこれほど日本人の心をとらえるのか。それに対する僕の答えは、読めば誰もが入りこまずにはいられないからです。僕らが『手紙』を読んでいるつもりで、むしろ読まれているのは僕らの心。それを突きつけられて圧倒的に孤独になるんです。そういう意味で素晴らしい小説だと思いましたね」
高橋「メッセージが単純じゃないんですよね。ミュージカルってストレートな内容が多いけど、これはそうではない。東野さんも読む人に答えを託している部分がある。だから私も自分なりの答えをもって臨みますが、それは敢えて前面には出さずに、同じように観ている方に託したいと思っています。辛い作品ではあるけれど、観た人の心の中に希望を残して終わりたいですね」
深沢「私はもちろんグランドミュージカルも大好きだけれど、心情的にシリアスなものに曲をつけたいと言う気持ちは昔からずっとあった。『手紙』はまさにそんな作品。登場人物たちの心情に対して音楽をつけたい。暗い音楽からポップな音楽まで幅広いナンバーをつくりたいなって今からいろいろと考えています」
――― 有名な原作だけにファンの期待も厚い。
藤田「もちろんいろんなご意見はあると思いますし、それぞれの中で手紙という作品は生きていると思います。だからこそ、我々のカンパニーは東野さんのメッセージをこのようにミュージカルでは読み解きましたと舞台上で表現できるようにしたいと思っています」
高橋「映画もあるし、ストレートプレイでも上演されたことはありますが、今回のミュージカルが最も東野さんが伝えたかったことに敬意を払った作品になる。そう原作ファンの方に胸を張って言える舞台にするつもりです」
“奇跡”のキャストとスタッフで、全身全霊をこめて作品をつくる。
――― 注目のキャストは主人公の直貴に三浦涼介、兄の剛志に吉原光夫がキャスティングされた。
深沢「私は三浦くんのライブも行ったことがあるし、吉原くんのお芝居も何本も観ている。三浦くんは若い女の子にあんなに人気があって、吉原くんはザッツミュージカルスターという方でしょう。これだけ全然違う世界のふたりが一緒にやるっていうことが面白いなって思います」
藤田「三浦さんは柔らかさと硬さが同居した芝居ができる人。自分独自の表現方法を持っていて、舞台の役として生きられる俳優さんです。拝見するたびに、なんて爽やかで複雑な表現を持っているんだって思わされます。吉原さんは『The Beautiful Game』でもご一緒させていただきましたが、僕が演出として活動する限り一生お仕事させていただきたい方。それくらい大好きです。そんな尊敬できるお二人と一緒に仕事をさせていただけることがまず嬉しいです」
――― さらに、先日行われたオーディションでは書類選考で821名の応募が集まった。さらにそこから140名の俳優と実際に会い、厳選に厳選を重ねた。
高橋「実感したのは、みなさんそれぞれが『手紙』という作品を深く受け止めて理解していること。それにたくさんの方が“今までのミュージカルとは違うものができる気がした”とおっしゃってくれた。それが嬉しかったですね」
深沢「本当にいろんなジャンルからたくさんの方が来てくださって。改めてこっちが頑張らなきゃって熱気を受け取りました」
藤田「今回、審査にあたって821名の歌も聞かせていただきましたし、作文も読ませていただきました。読めば読むほど自分に対してパワーが湧いてきて、数日間は夜読みはじめて気づいたら朝だったけど、ちっとも大変だとは思わなかった。これは深沢さんの言葉なんですけど、“全員と仕事がしたい”と思いましたね。それは残念ながらかなわないんですけど、その想いをきちんと持ちながらやりたいと改めて思いました」
――― 初日は1月24日の新国立劇場。これから6ヶ月以上にも及ぶ長い時間を経て、渾身のオリジナルミュージカルがそのヴェールを脱ぐ。
高橋「ミュージカルの可能性の大きさをお客様に感じてもらえる作品にしたいと思う。ミュージカルはわりと白黒はっきりしたシンプルなドラマになりがちですけれど、『手紙』のこれだけ繊細なメッセージと複雑な話をミュージカルでやるとこうなるのかってことを知ってほしい。そしてオリジナルミュージカルの良さを感じてもらえたらと願っています」
深沢「私は今、このミュージカルの中からみんなが知っているようなヒット曲が生まれたらいいなって考えてるんです。ミュージカルというカテゴリーにとどまらず、テレビでもネットでも流れて、誰もが口ずさめる。そんなナンバーをこの『手紙』でつくりたいですね」
藤田「実は、僕はこの3日くらい結構落ちこんでるんですよ。なぜかというと、これはあえて言いたいんですけれど、この6月に“絶歌”とう本が出版されましたよね。それがこの『手紙』とあまりにもリンクしていて考えざるを得ないんです。僕は本を買うことはありませんし、本の内容がいいか悪いか議論する気もありません。ただ、本が出版されたという事実が悔しいくらい哀しい。本の読者である僕は一方で『手紙』の価値を大きさを考えます。現実が残酷なことくらいわかりきっています。そんな現実をわざわざ掘り下げて突きつけなくても、東野さんは想像力できちんと乗り越えていらっしゃる。そしてもっと言えば、僕らはそこからさらに想像力で希望を描くことができる。それが表現者の使命です。東野さんは『手紙』でご自身の答えはありながら、読者にすべてを託された。今回、僕らがそれをリレーのように受け取って舞台として表現してお客さんにバトンを渡すことができるのも東野さんのメッセージがあるからだし、その行為の方がずっとクリエイティブだし前向きだと思う。だから僕はこの場を借りて、そのことを伝えたいです。そして、東野さんに敬意を持って、きちんと原作の中に貫かれているメッセージを作品にしていきたいと思います」
取材・文&撮影:横川良明