2017年に初演された『サンサーラ式葬送入門』は、難解で複雑な内容でありながら口コミで評判が拡がった作品として、暴力や恐怖を描き出すことに定評がある細川博司作品の中でも伝説的な評価を得ている作品だが、本人も予想していなかった再演が実現する。しかも初演時は男性だけだったメンバーを全て女性に置き換えた女性バージョンも加えた同時上演となる。「普賢篇」と題された女性バージョンで主役に抜擢されたのは、劇団柿喰う客で毎回印象深い演技を魅せつけている七味まゆ味。作品の魅力と2バージョン同時上演への抱負について、細川と七味に話を聞いた。
――― 4年振りの再演ですね。この作品はサスペンスホラーだという触れ込みですが。
細川「一応そうなってますが、僕自身もよくわからないんです」
七味「でも得意なジャンルはどの辺ですか? 細川さんの作品を拝見したことがなくて」
細川「何でも屋ですけれど注目されるきっかけになったのはホラーですね。怖がらせるやつ。でも今、配信でニューヨークを舞台にしたラブコメディをやっているんですが、そういうのを提案しても『他所でやってください』といわれちゃう」
七味「求められないんだ(笑)」
細川「細川さんには現代社会の闇を突いたような作品を、なんて言われるけど、そんなに闇なんかないですよ。コロナ禍の最中にも言われるからね。今や闇が溢れ出とるのにね」
――― その時の舞台を七味さんはご覧になりましたか?
七味「映像で拝見しました。でも初演は男性キャストだけで、今回私が出演するのは女性キャスト版なんです。だから同じようにするのか、だいぶ変化するのかが楽しみです」
細川「今回は男性だけ、女性だけの2バージョン同時上演で、七味さんには女性バージョンの主役をお願いしたわけです。だから元の脚本はありますが、女性バージョンの脚本はまだ仕上がってません。ストーリーの大筋は変わりませんけれど」
――― 女性バージョンを作る話はどのあたりで思いつかれたんでしょう。
細川「女性だけでやって、どうかという考えは、当然のように生まれてました。結構ストーリーに凄惨な部分もありますが、男性キャストだけでやると、思いのほか暴力をカラッと表現できたりします。そこを女性キャストだとウェットになるのか、逆にもっとドライになるのかに興味があります。ともかく稽古場で女性キャストの皆さんが病みがちにならないよう、現場では楽しくしたいなと思ってますけど」
七味「確かに全体的に凄惨なところはありますね。初めて見た時は時空間がどんどん切り変わるのでオムニバスを見たような感覚で、最後にはよくわからず終わった印象でした。生で見ていたら自分はどう思っただろうとも考えるし……結果として評判が良かったというのが面白いですね」
細川「初演の稽古で、最終的に通し稽古を終えて世に出せるクオリティには仕上がっているのに、自分を含めてキャスト全員首をひねっていて(笑)。心配になりました。ところがいざ開演したら凄く評判が良くてチケットが急に売れ出したんです。中毒性があったのかリピーターも出たし、今でも若い子から『サンサーラ、あれは凄かったです』って言われますしね」
――― どんな部分が観客を惹きつけたんでしょうか。
細川「『サンサーラ』を観ていると誰が正常で誰がおかしいのかがわからなくなってくる。狂気の伝染というか、そこに巻き込まれていくんです。たとえば何度も人殺しのシーンが出るのですが、繰り返す内にそのシーンでお客さんが笑うようになってくるとか。お客さんもおかしくなっているんですね。そんなわけで評判が良くて、結果として再演が決まったわけです。僕自身はできると思ってなかったんですから。でも関係者の中では上演を狙っている人が結構いたみたいです。知らんかったけどね(笑)」
七味「内容も良かったんですが、それを役者さんが凄く良く表現していましたから」
――― 七味さんは柿喰う客の旗揚げメンバーで、個人で一人芝居とかもされています。細川さんとご一緒されるのは?
七味「初めてなんです」
細川「僕はいくつもの作品で見ていました。それに大阪の女優の中では七味さんのファンが結構いたんです」
――― 女性バージョンで唯一のシングルキャストとして七味さんを選ばれたきっかけはどこにあったんでしょう。
細川「プロデューサーと主役を誰にするかと考えていた時に、七味さんの名前が出て、“その手があったか!”という感じですぐ決まりでした」
――― それを受けた七味さんはどう思われました?
七味「最近は劇団柿喰う客の中でも下支えをするようなポジションが多いし、客演の時もそういった役が多いんです。だから主役でしかも私だけシングルキャストというのでビックリですよ。どんな作品をやるつもりなんだろうと思って(笑)。しかも周りの役者さんも華のある方ばかりなので、怖さと感激とが入り交じりました。心から良いものにしなきゃと思ってます」
細川「返事を待っている時は不安でしたね。ダメだったらどうしようと思って。良い返事で有り難かったです。申し訳ないですが、七味さんは不幸が似合う、不幸をダイナミックに泳ぎ切る事ができる女優さんですね。この前拝見した舞台では処刑台にかけられる魔女の役で、彼女が民衆を見下すシーンがあったんですが、七味さんは結構長いそのシーンでも持つんですね」
七味「あれね、だいぶ長かったですよね(笑)」
細川「そう。ピクリとも動かずに場を持たせる、そんな女優さんそうはいませんよ。情念を表現するのが上手いですよね」
七味「不幸が似合って、見下しが上手い?(笑)」
――― そんな七味さんを迎えての女性だけの「普賢篇」。そして初演と同じ男性だけの「自在篇」。2バージョンがここで揃うわけです。
細川「昨今は男性/女性の境界が世間で取り沙汰されています。それは性の区別なのか差別なのかわかりませんが、そういったことが本当にあるのかを真剣に考えないとまずいんじゃないかと思っています。映画は結構そこに踏み込んでますけれどね。だから僕なりにジェンダーに対しての考えを整理するのに、この2作品は良いのかなと思います。お客さんがそのあたりにどう反応されるかが楽しみだし怖くもありますね。僕は別にそこに興味が強かったわけではないですが、作り手である以上そこに踏み込まないわけにはいかないと思ってます」
――― 七味さんの抱負も聞かせてください。
七味「私にとって今回の舞台は、色々な人に出会える凄く贅沢な環境だと思います。そもそも女性バージョンってきらびやかで、話題先行の企画もののイメージがありますが、この作品は凄く複雑で難しい内容を、しっかりした芝居として届けられるキャストで固めています。私が主演だという時点で、本気で作り込んだ芝居だということの判断材料にして頂ければ幸いです。演劇を劇場で観て、ゾクッとする感覚を持ってもらえると思うので、刺激を求めて足を運んでほしいです。もうコロナなんかにかかっていられないですね(笑)」
細川「そうそう。コロナより怖いもの見せてやるぜ、って心意気で」
七味「いいなあ(笑)、そのフレーズ頂きました」
(取材・文/撮影:渡部晋也)