脚本に、関西伝説の人気劇団・M.O.P.主宰のマキノノゾミ。演出に、話題の舞台を次々と手がける奇才・河原雅彦。そして主演に、若手随一の人気と実力を誇る矢崎広。まさにこれ以上ない豪華な布陣で注目を集める舞台『黒いハンカチーフ』がいよいよ10月1日から新国立劇場中劇場にて幕を開ける。昭和30年代の新宿を舞台に繰り広げられる世紀の詐欺事件。老若男女すべてを夢中にさせる一級のエンターテイメントの裏側を、主演の矢崎と演出の河原に聞いた。
マキノさんに怒られないか心配です(笑)。
――― 主演・矢崎広にとって、演出の河原雅彦とは、2011年の『時計じかけのオレンジ』以来、4年半ぶりの顔合わせとなる。当時23歳だった矢崎は、錚々たる顔ぶれの中、自らの実力不足を痛感した。以来、めざましいスピードで成長を遂げ、いくつもの主演舞台を経て、本作で再び河原とタッグを組む。
矢崎「河原さんと久々にやるということで楽しみの部分の方が大きかったんですけど、とても大きな役をいただいて、弱音を吐くわけではないけど、大変だろうなって部分もありました。でもだからこそ、河原さんに鍛えてもらおうって。一生懸命役者として全力でぶつかっていく意気込みで現場に入りました」
河原「『時計じかけのオレンジ』から4年半、彼がいろんな舞台で活躍していることはよく知っていました。この『黒いハンカチーフ』の日根という男は、なにせ男前で芝居のド真ん中に立っていなきゃいけないような役。それを矢崎くんがどう演じるか楽しみだったし、僕もまたそこで彼と向き合えることがすごく楽しみでもありました」
矢崎「台本自体、すごく面白くて、もともとマキノさんが『スティング』を下敷きにされていただけあって、ハリウッド映画みたいだなと思いながら読みました。むしろこれをどう舞台にするのか、その画がまったく想像できなくて。その想像のできないところも面白さなのかなっていうのが第一印象でしたね」
河原「いわゆる古き良きノワールもの。昭和30年代という、戦後しばらく経って、日本中がエネルギーに満ちていた時代のケレンミにあふれている作品です。僕は『スティング』というより、むしろガイ・リッチーやクエンティン・タランティーノで育った世代。だから、マキノさんがM.O.P.では重厚につくられたのに対して、僕は重厚なところは重厚に、遊べるところはよりポップに、小粋で良質なエンタメを目指せたらと思っています」
――― 今年46歳を迎えた河原にとって、マキノノゾミは約10歳上の大先輩。その代表作に満を持して挑むこととなる。
河原「マキノさんはおっかないです(笑)。顔合わせの時に、“句読点ひとつ変えるな”って役者さんたちに言われてましたから。でも今は、(吉田)メタルさんなんて言語障害って役に勝手に味付けしちゃったから、句読点どころか台詞さえ聞こえなくなってる。初日があけてマキノさんに観てもらった時、怒られるんじゃないかちょっと心配です(笑)。でも、当たり前ですけど、まず戯曲がしっかり書かれているんですよね。だから基本線をきちんと押さえられたら、多少色をつけても本質はまったくブレない。そういう戯曲の力を感じながら、楽しくやっています」
お芝居では、顔がいいことが損になることもある。
――― 一方、矢崎は、詐欺稼業を忌み嫌い医師となった天才詐欺師の息子・日根役に試行錯誤しながら向き合っている。
矢崎「役づくりで苦労している点と言えば、本当に僕からしたらすべてです。時代も空気感も人との関わり方も課題だらけなところからのスタート。顔合わせの台本読みでは一声目から緊張していました」
――― そんな矢崎の苦悩を、河原は稽古場で見つめてきた。
河原「もともとこの日根という役は、マキノさんが同じ劇団員の三上(市朗)さんに向けて書いた役。三上さんのような無頼な魅力を表現できる役者さんに当て書きした役を、シュッとした現代的な矢崎くんが演じるっていう入り口からすでに難しいんですよ。顔がいいって損なこともある。ハンサムって威力もあるけど、わりと表情や雰囲気に頼りがちな気がして。ファンの人がそれで良しとしちゃうところもあるから仕方ないんですけど、今回の舞台で、味と技量で勝負してきたベテランの人たちと肩を並べた時、きちんと役づくりから入るとか、本をすごく理解するという基本的なところを押さえないとどうしても見劣りしてしまうし、ハンサムな分、悪目立ちにうつってしまう。だからこそ、矢崎くんにはこの機会に真の俳優としての深みにチャレンジしてもらいたいですね」
――― 模索する矢崎をそばで見つめながら、河原は今、確かな手ごたえを感じている。
河原「稽古場でも家でも矢崎が一生懸命やってくれていることはよくわかるし、まだ半ばを過ぎたあたりだけど、“矢崎でやる意味のある『黒いハンカチーフ』に持っていける”という感じにはなってきていますね。真面目だから、矢崎は(笑)。稽古場でもひとりで台詞をブツブツ言ったり物憂げな顔で芝居のことを考えていたりしたんだけど、主演がナーバスになると現場そのものがナーバスになる。やっぱり主演って現場の居方が重要。一筋縄ではいかない芝居だからこそ、にこやかに大らかに構える姿を見せてもらいたい。彼自身、最近になって少しずつそんなふうに変わってきたかなと思います」
矢崎「そんなふうに思えたのは、やっぱ周りのみなさんのおかげ。たとえば、初演の時に日根を演じた三上さんにアドバイスをいただいたりもしましたが、“でも、お前がやれよ。それで、わからなくなったら聞いてこいよ”って言ってくださるんです。暗い顔をしたり、ヘコんでいても、何も動かない。何か言われた時にシュンとしてたら周りが気を遣うだけ。だったら間違ってもいいから思いっ切りやろうって。みなさんが愛を持って接してくださるおかげで、その気持ちに応えたいと思えるようになりました」
鳥肌さんは、出会ったことのないタイプの人。
――― そんな共演陣は、浅利陽介、橋本淳ら期待の若手から、鳥肌実、伊藤正之ら曲者揃いのベテラン勢まで、思わずニヤリとする顔ぶれが揃っている。
矢崎「鳥肌さんは僕も出会ったことのないタイプの人。一緒にお芝居をしていてもどこか隙があるというか、お客さんの目線から見てもチャーミングですよね。本当に魅力がつまった方というか、素敵だなって思います」
河原「鳥肌さんはすごいです。この役をずっとやればいいのにって(笑)、それくらいの当たり役。この作品は、巨大な敵を小粋に騙すところが面白い。だから敵は悪いやつであればあるほど痛快なんですけど、鳥肌さんはまさにそれにふさわしい人。一声目からコイツだけはなんとかしてとっちめてほしいと思わせてくれますから(笑)」
――― 観客をも大胆不敵に欺く極上のエンターテイメント。二転三転するストーリーの妙に気持ち良く騙される舞台となりそうだ。
河原「観客を騙すにしても、映像と違ってアングルやカット割りなどのギミックを使えたりするわけじゃない。騙す方も騙される方も、役者みんながチームとなってやらないと、観客までは騙せない。そういう意味では、生身の俳優の技術や魅力がつまった、演劇らしい芝居になるんじゃないかな」
矢崎「舞台の魅力って、カンパニーみんなでひとつのものをつくること。今、稽古場でそれに向けて頑張っているところです。昭和30年代という時代に、お客さんをタイムスリップさせるというか、当時の時代ならではのエンターテイメントを楽しんでもらえたらと思います」
河原「とっても上質なエンターテイメント作品ですから、メッセージ性とかそういうことではなく、シンプルに楽しんでもらえたらそれでいい。矢崎もいろんなチャレンジをしてるし、きっと今まで見たことのない矢崎を見せられると思います」
(取材・文&撮影:横川良明)