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宇梶剛士



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Wikipedia

宇梶 剛士(うかじ たかし、1962年8月15日 - )は、日本の俳優、タレントである。アベベネクスト所属。

経歴

誕生 - 少年時代

1962年、東京都新宿区西大久保1丁目(現:歌舞伎町2丁目)の「東京都立大久保病院」で生まれる。出生時は体重が5,000gもあり、都の健康優良児の表彰を受けている。3歳から5歳までは東京都小平市に、それから小学2年時までは広島県安芸郡府中町で育ち、その後東京都国立市に転居、国立市立国立第七小学校・国立市立国立第一中学校を卒業。拓殖大学第一高等学校では野球部に所属し、大柄だったこともあり「将来の有望選手」としてプロ球団のスカウトが宇梶を見に何回か足を運びに来たほどの実力であった。

暴走族時代 - デビュー前

だが、その高校時代に友人達と暴力事件を起こし逮捕され、少年鑑別所に入所。出所後に高校を中退し、しばらく叔父のいる北海道浦河郡浦河町や二海郡八雲町で労働機会を得るも更生できず、東京家庭裁判所からの呼び出しを口実に帰京。その後は暴走族に加わり、当時日本最大組織とされたブラックエンペラーの三多摩地区のヘッドから後に7代目名誉総長となり、この時代に得た一生の友のことをテレビ番組でたびたび熱く語っている。同じく元暴走族のヒロミも「僕らがガキだった頃、とんでもなく有名だった人」とコメントしている。また八王子在住の作家で同世代のゲッツ板谷の著書にも、「伝説的存在だった」との記述がある。そして暴走族同士の抗争で再び逮捕。家庭裁判所へ送致され、少年院へ収容。

少年院での生活において改心。この時に読んだチャップリンの伝記が俳優を志すきっかけとなると同時に高校復学のための勉強に励み、その後明治大学付属中野高等学校定時制を卒業した。同級生にはつちやかおり・パパイヤ鈴木・布川敏和他多数のアイドル芸能人がいた。

デビュー後

錦野旦の付き人をしていた18歳の時、事務所の使いで藤映像コーポレーションを訪問したところ、菅原文太から「お前、何者だ。歌い手か」と呼び止められ、「いえ、俳優になりたいんですが、どうやったらなれるのかわからないので、錦野さんのところでお手伝いをしています」と答えたところ、菅原はすぐ錦野の事務所に電話をかけ、「おたくのところのでかいの、もらっていいか」と言い、電話を切り、「ということでいいな」と言って菅原の付き人となった。以降、菅原をオヤジと呼んで慕っており、逝去後にはマスコミに菅原の追悼コメントを語っている。美輪明宏に見出され、『青森県のせむし男』(寺山修司作)にて初舞台を踏む。その後、美輪から紹介された渡辺えりなどの元で舞台経験を積む。若い頃はスリムで美男であり、18歳から2年間ほど、同じ事務所だった鶴田浩二から名前をもらって「津村浩」の芸名で活動をしていた。長く無名で下積みの時代が続き、売れない時期は、芸能以外の仕事をして食いつないだり、もっぱら映画を鑑賞して過ごした。当時鑑賞した作品が現在の芸能活動の糧になっていると発言している。

1980年代後半になり多数のトレンディドラマに脇役で出演するようになると、徐々に知名度が上昇し、以降多数のテレビドラマや映画で活躍。一方で舞台出身であることから「打打芝居」(1990年結成)、「damim」(1999年10月結成)といった演劇ユニットを主宰し、自らプロデュース公演の形で舞台を制作してきたが、2007年には「劇団」という形でしか表現できない舞台作りを追求したいとの思いから、金井良信・平野貴大らと共に「劇団PATHOS PACK」を結成。

俳優業以外での活動

  • バラエティー番組でもたびたび暴走族出身という経歴がネタにされていることなどから、ひょうきんさにアクの強さとワイルドさを兼ね備えた独特のキャラクターでバラエティー番組にも積極的に出演している。
  • 少年時代から続けてきた野球を生かし、2007年3月に岩手県に本拠地を置く野球クラブチーム「岩手21赤べこ野球軍団」の総監督に就任したが、同年12月に廃部。
  • 不良から立ち直ったという体験から、『ジェネジャン』パネリストとしては準レギュラーとも言えるほど頻繁に出演していた。現在も講演活動などを積極的に行っている。

人物・エピソード

  • 母親の宇梶静江はアイヌの詩人・古布絵作家で、民族運動家でもある。この事情から母は家庭不在のことが多く、青年期まで確執があったことや、高校での部活や学校の実態に対する反発が不良になった原因であると著書やメディアで自ら述べている。浦川治造は叔父に当たる。
  • 上記にもあるように生い立ちとアイヌとの関わりが深いことから、北海道白老郡白老町にあるアイヌ民族博物館内でのアイヌ文化の紹介VTRに進行役として出演している。また、叔父である浦川を追ったドキュメンタリー映画『カムイと生きる』のナレーションも務めている。
  • 1日に何か1つは甘い物を食べないと落ち着かないと公言する程の甘党である。特にチョコレートとあんこが好き。

 

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