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綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ、1950年12月9日 - )は、日本の漫談家、お笑いタレント。本名:假屋 美尋(かりや よしひろ)。
鹿児島県曽於郡松山町(現・志布志市)出身。5代目鈴々舎馬風門下。あん摩マッサージ指圧師の国家資格を保有(鍼灸師は保有していない)。現在の家族構成は本人、5歳年下の弟、妻、子供3人。父親は1997年、自身が40代後半の時に亡くなったが、生前は馬の種付けや農業をしていた傍ら、戦時中は徴兵されて戦地に出向いた事もある。
鹿児島県立末吉高等学校、拓殖大学商学部卒業。身長165cm、体重70Kg。血液型はO型。
鈴々舎馬風一門として「落語協会」会員である(ブレイク以後、寄席に出演することはほとんどないが、籍を置き続けている)。また、歌謡ショーの司会者統括団体である『日本司会芸能協会』の理事も務めた。現在は顧問。
芸風は立川談志、上岡龍太郎、ビートたけし、毒蝮三太夫等によって確立された毒舌漫談というジャンルであるが、中高年世代が持つ人生の悲哀をユーモラスに語るのが特徴で、とりわけ中高年(メインは1940年代後半以降のいわゆる団塊世代。なお、きみまろ自身も1950年生まれの為、団塊世代にあたる)に人気が高いため「中高年のアイドル」とも言われる。しかし本人は「毒蝮三太夫さんの様に『クソババア』とは言えない」と述べている(漫談の基本スタイルやきみまろ自身がいつも口にしているセリフについては#きみまろの漫談スタイル・傾向を参照の事)。きみまろ自身、50歳を超えてようやくブレイクした事から、「遅咲き」と自負している。
山梨県南都留郡富士河口湖町に別荘「きみまろ亭」を持つ。別荘ではあるが、自身の自宅である。2003年に第一生命主催の「サラリーマン川柳」からの盗用を認め謝罪した。一時のブーム沈静化後にはテレビ出演する機会が減ったが、地方では1日に2回公演・3回公演と精力的に営業を行ない、2004年、山梨県の長者番付で2位となる。同年に清水國明とともに、富士河口湖町の特別町民の第1号として表彰された。
カツラを使用している事をマスメディアで自ら打ち明け、本人もカツラ(ヘアピース)を認めている。揉みあげは地毛で、あとは「ズッポリ」だという。また、髪を後ろで束ねている部分については、下半分が地毛で上半分がカツラの髪であると『SmaSTATION!!』で香取慎吾に明かしており、これは万が一のときにカツラが完全に取れてしまわないようにするためである。
痛風・高血圧・睡眠時無呼吸症候群の持病がある事も自身の著書で度々公開している。
趣味は農作業、草むしり、ジョギング、骨董品の収集。
なお20代の時に結婚していた前妻との息子は、灘中学校・高等学校から東大理?を卒業し、東京大学大学院医学系研究科に在籍している。