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怒髪天



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Wikipedia

怒髪天(どはつてん)は、日本のロックバンド。2019年にバンド結成35周年を迎えた。所属レコード会社はテイチクエンタテインメント。所属事務所はバッド・ミュージック・グループ。

来歴

メンバー全員が北海道の出身である。自らの音楽をJAPANESE R&E(リズム&演歌)と称している。結成は1984年で、当時高校生だった増子直純を除くと、全員現在とは違うメンバーだった。当初はハードコア・パンクバンドであったが、1986年に一時解散。同年増子と上原子友康を中心にメンバーを一新して再スタート。2人の共通の趣味であったローリング・ストーンズやブルースを基調としながらも、RCサクセションやアナーキー、憂歌団などの国内のグループや、歌謡曲や演歌の影響も強く受けている。1991年日本クラウンよりメジャーデビューするが、その後1996年に活動を一時休止。1999年にインディーズに戻り活動再開、2004年にテイチクエンタテインメントのレーベルインペリアルレコードより再メジャーデビューした。

2009年(結成25年目)頃から数多くのメディアに取り上げられ始め、四半世紀が経ってからの遅咲きのブレイクを果たし、近年は数多くのロック・フェスティバルに出演している。桃屋の『辛そうで辛くない少し辛いラー油』のTV CMに抜擢されるも、あまりに商品が売れ過ぎて店頭に並ばなくなってしまったため、CMの放送からおよそ12日間でオンエア自粛となってしまった。

2010年には所属レコード会社テイチクエンタテインメントのホームページに「アイ ラブ ドハツテン 〜愛のメッセージ〜」と称して、怒髪天へのメッセージが掲載されていた。(MCU、梶芽衣子、Ken Yokoyama、斉藤和義、The Birthday、the pillows、THE BAWDIES、ジョージ・ウィリアムズ、スガシカオ、箭内道彦など)

2011年11月16日発売の関ジャニ∞5thアルバム「FIGHT」では、ボーカルの増子直純が作詞、ギターの上原子友康が作曲を務めた「モンじゃい・ビート」を楽曲提供し、アルバムのリード曲として起用された。

なお、2005年のテレビドラマ『アストロ球団』では挿入歌 「アストロ球団応援歌」を担当。最終回にはメンバーがカメオ出演し、「がんばれ怒髪天」と食堂の女将にいわれた。

メンバー

増子 直純(ますこ なおずみ)
(1966-04-23) 1966年4月23日(53歳) -  ボーカル
出身地:北海道札幌市白石区 血液型:A型 愛称:兄ィ、増子さん
  • ダミ声で歌い上げるボーカル。ほとんどの楽曲で作詞を務める。
  • 今はいい兄貴分をして慕われているが、インディーズ時代のかなりエキセントリックな行動は、当時のバンドシーンでは有名。「すれ違った人間、全員にケンカを売る」というルールを決めて、道行く人全員を睨み付けてはケンカを吹っかけるといった日々を過ごしていた。
  • 自衛隊に2年在籍していた。
  • 父親は新潟県出身、母親は東京都荒川区西日暮里の商家の出身。そのため子供の頃から東京に行く機会は多く、メジャーデビューで上京する際もさほどのカルチャーショックは受けなかった。ただ、本州の桜の見事さには驚いたという。
  • DMBQの増子真二は実弟。両者のあまりにもかけ離れた音楽性については、直純自身も雑誌のインタビュー等で度々ネタにしている。また作曲家・編曲家のマシコタツロウは従兄弟に当たる。
  • 弟の真二のバンド・DMBQや、bloodthirsty butchers、eastern youth、山中さわお(ザ・ピロウズ、ex.コインロッカー・ベイビーズ)などとは、北海道のアマチュア時代から交流が深かった。当時はイカ天などのバンドブームの真最中であったが、どのバンドも自分達のオリジナルのスタイルを作ることに夢中で、ブームに乗ることは全く考えていなかったという。
  • 1996年から1999年の活動休止期間中に、工事現場の仕事やプロレスのリングアナウンサー、穴あき包丁の実演販売、輸入雑貨店の雇われ店長などの経験を持つ。包丁の実演販売の際、主婦の方と接し「大人って意外とみんないい人じゃないか」と感じ、音楽性にも変化が表れたと話している。

 

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