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すわ親治



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Wikipedia

すわ 親治(すわ しんじ、1952年11月14日 - )は、日本のコメディアン、タレント、俳優。旧芸名はすわ しんじ。本名は諏訪園 親治(すわぞの ちかはる)で、本名名義で活動することもある。

ザ・ドリフターズの元付き人で、「ドリフ第六の男」とも言われる。ザ・ニュースペーパーの元メンバーでもある。

来歴

ドリフ入りまで

鹿児島県鹿児島市吉野町で生まれ育ち、中学および鹿児島実業高等学校時代はバンド活動を行っていた。当初はベンチャーズに傾倒する音楽少年であったが、『8時だョ!全員集合』を見るようになって、ドリフに憧れ、音楽の要素の入ったお笑いを目指すようになる。

お笑い芸人を目指し1970年に上京する。当初は同郷のフランキー堺に弟子入りするつもりだったが、すれ違いが起こり弟子入りを果たせなかった。

その後、ドリフターズのバンドボーイ募集の新聞広告を見つけ応募するも、最終面接で落ちる。それでもと懇願したところ、加藤茶の運転手として採用される。

ドリフ時代

1972年頃、いかりや長介に弟子入りし、いかりやの付き人に昇格する。この頃、いかりやにより「すわしんじ」という芸名を与えられる。

ギターの奏術に長けていたが、ドリフターズの音楽活動では加藤茶が前に出られるようにドラマーを担当することもあった。

『全員集合』のコントでは、兄弟子の志村けんよりも先に舞台デビュー。「ブルース・リーの物真似」など奇怪なキャラクターで人気を博す。その他「鏡の写し像」、「幽霊」、「ハイトーンの馬のいななきにも似た笑い声」、志村加入後も『飛べ!孫悟空』の馬の役などの活躍を見せ、荒井注脱退後には芸能雑誌に「正規メンバーに昇格か」との予測記事が載せられることもあった。

結局、正メンバーに昇格することなく、全員集合が終了した1985年にドリフ付き人としての活動を終了する。

ドリフ脱退後

ドリフ脱退後は、しばらく水道会社に勤めていた。そのサラリーマン時代に工事用の手押し車(ネコ車)ダンスのギャグを密かに開発し、芸能界に復帰した。復活後の芸名を「すわ親治」に変更する。コントグループ(正式には「劇団」)ザ・ニュースペーパーに参加。一時期はリーダー的存在でもあった。

1988年『ファミっ子大集合』の司会でテレビに復帰した。その後、ザ・ニュースペーパーが話題となり『上岡龍太郎にはダマされないぞ』にレギュラー出演する。志村の誘いもあり『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』『志村けんのだいじょうぶだぁ』にもゲスト出演し志村と絡んでいた。

2001年、NHK「思い出のメロディー」でドリフが出演した際、彼も楽曲「ゴー・ウエスト」のコーナーに馬役で出演した(本名の諏訪園親治名義での出演)。また、いかりや長介の葬儀の際もドリフの正メンバー4人と一緒に棺を担いだ。


 

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