お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

カンフェティ会員100万人突破キャンペーン

本田武史



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

本田 武史(ほんだ たけし、ラテン文字:Takeshi Honda、1981年3月23日 - )は、日本の元フィギュアスケート(男子シングル)選手。現在はプロスケーター、スケートコーチ、解説者、スポーツコメンテーターなどで活動中。既婚、3児の父。マネジメント契約先はスポーツビズ。

主な競技実績として、2002年・2003年世界選手権2大会連続3位(銅メダル獲得)、2002年ソルトレークシティオリンピック4位入賞、1998年長野オリンピック代表(15位)、1999年四大陸選手権優勝、全日本選手権通算6回優勝など。

人物

1981年3月23日、福島県郡山市昭和町で、本田家の次男として生まれる。東北高等学校卒業後、法政大学法学部通信教育課程中退。現在はIMG(2019年3月まで)のち、スポーツビズとマネージメント契約。

1998年長野オリンピック後、トロントに在住。現役引退後、高橋大輔のコーチである長光歌子に誘われて2006年に帰国。2007年8月29日、大阪府出身で1歳年上の女性と結婚、2008年春に長女が誕生。現在は大阪府高槻市に住んでおり、関西大学アイスアリーナでスケートを教えている。

現役選手時代、鍵山正和に続いてプログラムに4回転ジャンプを組み込み始め、日本人選手として初めて競技会で成功させた。2003年四大陸選手権のフリースケーティングでは、2種類3度の4回転を成功させた。さらに、練習ではアクセルを除く5種類のジャンプで4回転を降りていたという。

経歴

アマチュア時代

兄がスピードスケートを習っていたことがきっかけで、7歳からショートトラックを始める。1989年12月、郡山スケートクラブに入り、フィギュアスケートに転向。1990年に同クラブが閉鎖され、10月に仙台泉DLLクラブへ移る。毎週1回、宮城県仙台市のオレンジワン泉(現・アイスリンク仙台)に通うようになる。フィギュアスケートを始めて3年で3回転ジャンプを習得。進学を機に本格的に長久保裕に師事するべく、母親と2人で仙台へ移り住み、リンクから徒歩圏の仙台市立七北田中学校に入学。

長野オリンピック出場・15位

1993-1994シーズン、中学1年のときに出場した初めての国際大会トリグラフトロフィーノービスクラスで優勝。1994-1995シーズンの全日本ジュニア選手権で3回転アクセルに成功。翌1995-1996シーズン、優勝したネーベルホルン杯の公式練習では4回転ジャンプに成功した。初のシニア大会NHK杯では4位。全日本ジュニア選手権で初優勝を果たし、世界ジュニア選手権では初出場ながら2位(優勝はロシアのアレクセイ・ヤグディン)。同シーズンの第64回全日本選手権では男子シングル選手として史上最年少の優勝を果たし、14歳の若さで日本のエースとして1996年世界選手権に初参戦、13位と健闘した。

1996年4月、仙台市の東北高校に進学(同高校の1学年上に1998年長野オリンピック男子シングル日本代表の田村岳斗、1学年下に2006年トリノオリンピック女子シングル金メダリストの荒川静香、長野五輪ペア日本代表の荒井万里絵らがいた)。1996-1997シーズンからISUチャンピオンシリーズに参戦し、3大会に出場。第65回全日本選手権では2連覇を達成。2度目の出場となった1997年世界選手権では10位となり、長野オリンピックの男子シングル日本代表の出場枠「2」を確保した。1997年10月には早くも1998年長野オリンピック男子シングル日本代表に内定。同年11月のNHK杯時に、4回転ジャンプの着氷に失敗して右足首を痛める。長野オリンピック直前の同年12月より、米国に拠点を置いていたガリーナ・ズミエフスカヤに師事。第65回全日本選手権は怪我により欠場。

1998年2月の長野五輪男子シングルは、ショートプログラム(SP)のトリプルアクセルからコンビネーションの転倒失敗が響き18位と大きく出遅れ、フリースケーティングではやや挽回するも12位、総合で15位に終わった。続く1998年世界選手権で、予選競技会では自身初の4回転トウループに成功したが、SP・フリー共にジャンプミスが出て11位に留まった。

ソルトレークシティオリンピック出場・4位入賞

1998-1999シーズンはフリープログラムで『仮面の男』を演じ、NHK杯ではエフゲニー・プルシェンコに次いで、ISUグランプリシリーズ初の表彰台となる2位。1998年12月からはカナダのダグラス・リーのもとに拠点を移す。3度目の優勝を目指した第67回全日本選手権ではケガのためフリースケーティングを棄権したが、初めて開催された1999年四大陸選手権では前年の長野オリンピックメダリストらが出場する中、SP・フリースケーティングともに1位となり、17歳で初代王者に輝いた。


 

取扱中の公演・チケット情報

公演名
公演期間
会場
チケット購入

取扱中の公演
割引販売
な!

<理由あってなっトク価格!チケット>
先着限定!
S席おとな
・平日:8,000円 → 7,000円!
・土日祝:10,000円 → 9,000円!

S席こども
・平日:4,000円 → 3,000円!
・土日祝:5,000円 → 4,000円!

※こども料金は、4才〜小学生。3才まで無料。3才までのお客さまでお席をご利用される方は有料となります。
2020年4月25日 (土) 〜
2020年5月5日 (火)
KOSE新横浜スケートセンター