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白川和子



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Wikipedia

白川 和子(しらかわ かずこ、1947年9月30日 - )は、日本の女優。長崎県佐世保市出身、神奈川県相模原市在住。ワハハ本舗所属。JUN SKY WALKER(S)メンバーの寺岡呼人は甥。身長:158cm。

来歴・人物

実家は東京都町田市。父親は国家公務員で、 1947年、父の転勤先の長崎県佐世保市で生まれる。中学のとき、父の転勤で一家で帰京。東京都立目黒高等学校を卒業後、跡見学園女子大学に進学したが、厳格な父親に反撥していたため、このまま卒業して花嫁修業するのがイヤで、憧れの芸能界に入りたいという意識が強くなった。

大学在学中、劇団「赤と黒」へ入団する。初めてヌードになったのは1966年『週刊平凡』の姉妹紙『デラックス・パンチ』。対談した三島由紀夫から「どんどん脱ぐべきだ」と言われたという。これとは別にスカウトもされ、1967年には向井寛が監督した映画『女子寮』に出演した。クラスメートはびっくり仰天。家では化粧をしたことがなく、ポルノ女優になった事は父には5年間ばれなかった。以後、5年間で約230本のピンク映画に主演し、大学は中退した。

1971年10月、経営難から「日活ロマンポルノ」にシフトした日活に専属女優として迎えられ、その第1作目の主演女優として起用された。以後も「団地妻」シリーズへの主演で人気を獲得し、「ロマンポルノの女王」と称された。

1973年、自身の体験に基づいた引退記念映画『実録 白川和子・裸の履歴書』(曽根中生監督、田中陽造脚色)が公開され、当時のロマンポルノオールキャスト作品として話題を呼んだ。

同年、舞台あいさつなどで知り合った17歳年上の日活関西支社の社員・小西俊夫と結婚する(小西は先年に癌で妻を亡くし、14歳の娘と11歳の息子を育てていた)。大阪の千里ニュータウンに移住して専業主婦の生活に入り、一女(次女)も儲ける。白川の女優時代の年収は600万円ぐらいだったが、にっかつは遅配続きで夫の年収は200万円程度。家賃は月一万円弱と安かったが自身の貯金を切り崩して二人の子供を育てた。最初は「ポルノ女優が住むと団地が汚れる」と署名運動まで起き、子供たちもいじめられたが、白川の人付き合いと良さで解消した。

1980年に小西の浮気が原因で離婚、白川も若菜嘉晴と激しい恋に落ちたが、独身と思い込んでいた若菜が既婚者と判明。小西が東京支社に転勤になると町田の実家に帰っていた娘が父親に懐いてしまい、1985年に和解して再婚した。

2009年、お笑い芸人のジジ・ぶぅとコンビ「50・60これからだ」を組んでM-1グランプリに出場し、1回戦は突破したものの、2回戦であえなく敗退した。2015年、WAHAHA本舗に参加する。

出演

テレビ

連続ドラマ

  • 必殺シリーズ(ABC / 松竹)
    • 新・必殺仕置人 第11話「助人無用」(1977年) - おこの
    • 翔べ! 必殺うらごろし 第5話「母を呼んで寺の鐘は鳴いた」(1979年) - おそで
    • 必殺仕事人 第51話「覗き技天地入れ替つぶし」(1980年) - おわか
  • 熱中時代(日本テレビ)
 

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