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ワッキー



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Wikipedia

ワッキー(1972年7月5日 - )は、日本のお笑い芸人であり、お笑いコンビペナルティのボケ担当。本名、脇田 寧人(わきた やすひと)。一部では"カゴマン"と言われている。

北海道釧路市出身(公称)。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。血液型はB型。身長178cm、体重68kg。右利き。

来歴

父方の祖母の実家が北海道釧路管内の川上郡標茶町磯分内の脇田商店であり、親戚一同足が速いのが近所の自慢であった。

父親の仕事の都合です19回南アフリカに渡り、そのうち中学1年生 - 中学2年生の冬まで、北海道釧路市で育つ。そのとき在籍していたのが、釧路市立東中学校(現:幣舞中学校)である。当時はサッカー部で活動していた。

高校は船橋市立船橋高等学校(市船)に進学し強豪のサッカー部に入部。布啓一郎監督の下で厳しい練習に明け暮れ、あまりの厳しさに合宿所から夜逃げする者もいたほどだったが 、この練習を耐えた部員達は試合前に「やってきたことが他とは違う」と仲間で言い合い士気を高めていたという。

専修大学経済学部に入学後もサッカー部に所属し、プロサッカー選手を目指して精進していたが、膝を壊したことでプロへの夢を諦めることになった。この怪我で自身の将来を悲観したワッキーはサッカー部の合宿所を秘かに脱走し、大学も中退することとなった。

その後タイ料理店などのアルバイトを転々としていた頃、高校時代からの先輩である中川秀樹(ヒデ)に誘われる形で1994年にお笑いコンビ「ペナルティ」を結成(因みに、ヒデが誘った数は5人で、その5人目がワッキーであった。ヒデがある番組で告白するまで、その事実をワッキーも知らなかった。ヒデがワッキーを誘った当初、後輩であるワッキーは『合宿所を逃げ出したことで、又殴られるんじゃないか』とビクビクしていた) 。同期にはロンドンブーツ1号2号などがいる。ヒデの方が1学年上だが、ワッキーの顔が老け顔で体毛が多く、対するヒデの顔が童顔気味のため、同級生の中にはワッキーの方が年上と思っていた者もいたという。

2007年に2歳年下の一般人女性と結婚。入籍の少し前に、『ロンドンハーツ』のスペシャル番組中(生放送)にて、相方ヒデとロンドンブーツ1号2号により仔細を世間に暴露される、というコーナーが放送された 。2008年に第一子が誕生。

2012年11月、40歳でNHK番組「地球イチバン」の企画で参加した「サハラ砂漠レース (SAHARA RACE)」七日間約250kmを完走。

人物

芸風

ペナルティとしてのコントネタでは濃いキャラクターを演じる。体毛の濃さをネタにしたり 、オリジナルの歌を歌うことも多い。

テレビなどでは一発ギャグを主に披露するがスベることも多い。渾名の命名者として知られる有吉弘行につけられた渾名は「クソすべり芸人 」。ギャグのレパートリーとしては「男性ホルモン受信中」、「お化けの救急車」(ほかの芸人も乗っかる)、「芝刈り機」、「一、二行進」、「半分マン」 などがある。ネタ中に野口五郎のモノマネをやることがある 。野口のモノマネをする時はほぼ毎回「私鉄沿線」 を歌う。しかし、『リンカーン』の「ものまね芸人タワー」でモノマネを披露した際は、「(野口五郎のモノマネをしている時の)コロッケのモノマネ」と言われた。

「芝刈り機」のギャグに関しては元サッカースペイン代表のラウル・ゴンサレスが、2009年4月にスペインのテレビ番組で「人生で一番可笑しかったことは?」との問いに「ジャパンツアーに行ったときに日本のテレビに出演して、そこで日本人のコメディアンがやった芝刈り機のものまね」と答えている。これはめちゃ×2イケてるッ!のやべっち寿司にてワッキーが披露したものである。また、この時にラウルと一緒に番組に出演していたフェルナンド・モリエンテスも、「芝刈り機」のギャグを 「すごく面白かった」と語っている。そのワッキーはヒデ、マネージャーと移動している際に二人と遭遇し、大ファンである二人と握手している際には跪いてしまうほど大感激していた(ヒデも思わず声を上げてしまうほど大変驚いていた)。

なおワッキーは自分の芸風について

と述べている 。

サッカー


 

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