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杉山誠



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Wikipedia

杉山 誠(すぎやま まこと、1960年5月17日 - )は、静岡県藤枝市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 ポジションはDF。双子の弟の杉山実 も元サッカー選手である。

来歴

藤枝市立藤枝中央小学校でサッカーを始める。藤枝市立藤枝中学校3年次には全国中学校サッカー大会に出場し準優勝に貢献した。高校は地元の藤枝を離れ、静岡学園高校に進学。井田勝通監督の下で1年次に高校サッカー選手権準優勝。2年次には静岡県国体選抜に選出され、国民体育大会サッカー競技で優勝。3年次には日本ユース代表に選出、松本育夫監督の厳しい指導を受けた結果、最終メンバーに残り、1979年のFIFAワールドユース日本大会に出場した。

東京農業大学卒業後、1983年に日本サッカーリーグ1部の日産自動車サッカー部に加入。1年目から出場機会を掴むと、1983年、1985年の天皇杯優勝や1988-89シーズンから1989-90シーズンの2季連続三冠獲得に貢献するなど同サッカー部の守備の要として活躍した。

1991年にプロリーグへの参加が内定していたJSL2部の住友金属工業蹴球団へ移籍、Jリーグ設立に伴い鹿島アントラーズと改称した後も同クラブでプレー。1993年のサントリーシリーズでは、故障で離脱していたセンターバック奥野僚右の代わりにレギュラーに定着すると、奥野の穴を埋める活躍で鹿島のステージ初優勝に貢献した。ベテランらしい読みと激しさを武器とするスイーパーだった。

1994年にジャパンフットボールリーグの京都パープルサンガへ移籍し、1996年に現役を引退した。

引退後は1年間高校生の指導を行った後、コミュニティサッカースクールの指導者へ進み、2000年には会社を立ち上げ独立。郷里の藤枝で弟の実と共にフットサル場の経営とサッカースクールを主催し、後進の指導に努めている。

2013年、サガン鳥栖U-15唐津の監督に就任した。

所属クラブ

  • 静岡学園高等学校
  • 東京農業大学
  • 1983年 - 1991年 日産自動車サッカー部
  • 1991年 - 1993年 住友金属/鹿島アントラーズ
  • 1994年 - 1996年 京都パープルサンガ

個人成績

参考文献

  • 「THIS IS MY SOCCER LIFE 75」『サッカーダイジェスト』1986年7月号

脚注


 

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