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柳亭市馬



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Wikipedia

柳亭 市馬(りゅうてい いちば)または三遊亭市馬(さんゆうてい いちば)は落語家の名跡。柳亭市馬の当代は4代目を名乗る。最後に三遊亭市馬を名乗った落語家も4代目を名乗った(後述)。

歴代
  • 古原亭市馬 - 亭号は古原亭のほか狂言亭、柳亭など。『為御覧噺連中帳』、『落語家奇奴部類』、寛永4年の落語番付などには、様々な市馬が載っているが、同一人物か別人物かも含め経歴はわかっていない。
  • 狂言亭市馬 - 後の初代三遊亭圓馬
  • 三遊亭市馬 - 複数人存在。当該項目で記述。
  • 4代目柳亭市馬 - 当代。2014年より落語協会会長。

初代

俗に初代 柳亭 市馬(りゅうてい いちば、生年不詳 - 1924年)は落語家。本名:味波 庄太郎。三遊亭市馬(味波文之助、上記)の甥。『野ざらし』が得意だったため、「野ざらしの市馬」とも呼ばれる。

経歴・人物

初代三遊亭金馬(のちの2代目三遊亭小圓朝)に入門し、三遊亭金我の名を与えられる。その後6代目または7代目の土橋亭里う馬の門下に転じ、土橋亭里う好に改名。1900年代のには3代目柳家小さんの門に転じ、柳家小三太となる。1910年に柳家歌太郎、1916年1月に春風燕柳に改名。1918年3月に叔父の名である市馬に改名することになったが、柳派所属だったため亭号を「柳亭」とした。「柳亭市馬」の名跡は、この市馬を初代とし、以降代数を重ねている。

関東大震災直後に安否不明になり、のちの林家彦六(当時3代目三遊亭圓楽)が自宅を訪れたところ、病気で寝込んでいる市馬を発見。まもなく亡くなった。死去時点での年齢は60歳前後だったとされる。

若手時代は初代文の家かしくと組んで、叔父ゆずりの「推量節」で売った。

2代目

2代目 柳亭 市馬(りゅうてい いちば、1892年11月11日 - 1945年?)は落語家。本名:小山 喜太郎。俗に「左官屋の市馬」と呼ばれる。

経歴・人物

元は柳家左鏡が率いた天狗連「左鏡連」で怪談噺や人情噺をやっていた。

1918年、2代目蜃気楼龍玉に入門し蜃気楼龍若となる。1920年ころに三遊亭圓璃と改名。1921年4月に真打昇進。1924年5月に2代目三遊亭市馬襲名。1927年4月、一旦、柳家五蝶と改名するも、同月には柳亭市馬に改名。


 

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