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団時朗



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Wikipedia

団 時朗(だん じろう、1949年1月30日 - )は、日本の俳優。旧芸名、団 次郎団 次朗(いずれも読み同じ)。本名、村田 秀雄(むらた ひでお)。

京都府京都市出身。平安高等学校卒業。アルファエージェンシー所属。

来歴

長唄の師匠である日本人の母とイギリス系アメリカ人の父との間に生まれたハーフ。

1966年、母が知り合いである大映の三隅研次監督に頼み、勝新太郎主演の『酔いどれ博士』に端役で出演する。同年に?島屋と提携したピエール・カルダンのスーツを一度に3着購入するほどファッションに対しての想いが強いこともあって、1967年3月に平安高等学校を卒業するとただちに上京し、セントラルファッションに所属する。同年5月に前田美波里と共演した資生堂サンオイルのテレビCM、続いて同社の男性化粧品「MG5」のテレビCMでファッションモデルとして注目される。

1968年、日活映画『わが命の唄 艶歌』に出演。本作の役名である団 次郎を芸名とする。同年6月には日本クラウンより、『バラの恋』で歌手デビュー。

1971年、円谷プロのウルトラシリーズ『帰ってきたウルトラマン』で主人公・郷秀樹を演じて人気となる。そのほか、日本現代企画制作『スーパーロボット マッハバロン』(1974年)、東映不思議コメディーシリーズ第1作目『ロボット8ちゃん』といった特撮テレビドラマにもレギュラー出演した。『少年探偵団』では、怪人二十面相を演じ、最終回では正体が演者の団その人という奇抜な演出がなされている。

俳優として低迷期を迎えた時期があったが、舞台に活路を見出し、ミュージカルからストレートプレイまで守備範囲も広く活動。福田陽一郎、坂東玉三郎、栗山民也らに起用され、キャリアを積み重ねている。

映画では、筒井康隆の戯曲を映画化した『スタア』(1986年)で、プレイボーイのスター役を印象的に演じた。

1984年、姓名判断により「団 時朗」に改名。

人物・エピソード

  • 1991年に雑誌『B-CLUB』の特集で行われた京本政樹との対談で、他のシリーズではウルトラセブンなどの正式名称があるが、自身が演じた「帰ってきたウルトラマン」には「自分のだけが名前がない」と述べ、京本が「一応ジャックという名前がある」と言及すると「(ジャックという名前に対して)後からつけられてしょうがないし、ピンと来ない」と述べている。
  • 『ウルトラセブン』の森次晃嗣のシャンソンCD発売の際、ウルトラ4兄弟=ダンディー4集合時に「子供の頃のヒーローと言えば?」という問いに、黒部進(=初代ウルトラマン)だと答えた。森次とは、『帰マン』で共演以降も親交があり、(団が)森次の家を訪れた際、家にある酒をカラにして帰ることがよくあったという。また、『帰マン』当時は、子どもの夢を壊してはいけないからと、プロデューサーの円谷一から飲酒を止められていたという。
  • ダウンタウンの番組で「ウルトラマンと仮面ライダー」という企画に、宮内洋、速水亮、黒部進とともに出演した。ウルトラマンジャックのライバルを尋ねられ、『仮面ライダー』と即座に挙げた。
  • 2009年に、舞台で多数の競演を行っている黒柳徹子とのデートが報じられる。黒柳によると舞台『ベッドルーム・ファンタジー』の舞台稽古の際の食事会であり、団のほかに田山涼成も同席していたことを明かし「でも、嬉しいって思いました」と大人の対応をしている。
  • 2013年、自主映画『蒼き天狗の夜に。』上映のアフタートークに特別ゲストとして登壇した。若手俳優・スタッフへの激励、故郷京都での映画の原体験などを語った。

出演

テレビドラマ


 

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