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加藤登紀子



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Wikipedia

加藤 登紀子(かとう ときこ、本名:藤本 登紀子、1943年12月27日 - )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、女優。「おときさん」の愛称で親しまれている。城西国際大学観光学部客員教授を経て、現在は星槎大学共生科学科の客員教授でもある。次女は歌手のYae。血液型O型。

略歴

満州ハルビン生まれ・京都育ち。実父は南満州鉄道勤務。東京都立駒場高等学校、東京大学文学部西洋史学科卒。駒場高等学校では放送クラブに所属。

1965年 東京大学在学中に、第2回日本アマチュアシャンソンコンクール優勝。1966年 「誰も誰も知らない」でデビュー。「赤い風船」で第8回日本レコード大賞新人賞受賞。

1969年 「ひとり寝の子守唄」で第11回日本レコード大賞歌唱賞受賞。

1971年 「知床旅情」(作詞・作曲: 森繁久彌、ミリオンセラー)で、2度目の第13回日本レコード大賞歌唱賞受賞。さらに同年末の「第22回NHK紅白歌合戦」へ初出場を果たす。

1972年 藤本敏夫と獄中結婚。出産のため、一時音楽を離れる。長女を出産。新東京国際空港建設予定地で開催された日本幻野祭にノーギャラで出演。

1973年 産休後、音楽界に復帰。

1975年 所有する伊東市の別荘にて革マルと革労協の内ゲバ。1人死亡、9人重軽傷。次女Yaeを出産。

1976年 2年前のアルバム「この世に生まれてきたら」に参加した告井延隆が本格的にライブに参加。以降告井およびセンチメンタル・シティ・ロマンスは加藤の音楽には欠かせない存在として現在までサポートを続けている。

1978年 中島みゆきより提供された「この空を飛べたら」がロング・ヒットを記録した。

1980年代には中国でコンサートを行い、残留日本人孤児と共に中国語で「知床旅情」を歌い、泣いた事がある。

1980年 三女を出産。

1981年、千葉県に農業体験などを提供する鴨川自然王国を夫の藤本と共に設立。

1983年の映画『居酒屋兆治』で高倉健の妻役、1986年のテレビドラマ『深夜にようこそ』では千葉真一の妻役で共演した。

1987年 「百万本のバラ」大ヒット。「難破船」(中森明菜)「わが人生に悔いなし」(石原裕次郎)といった提供曲も、好セールスを記録。

1988年、1990年 ニューヨークのカーネギー・ホール(大ホール)でコンサートを行う。


 

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