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渡辺真知子



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Wikipedia

渡辺 真知子(わたなべ まちこ、1956年10月23日 - )は、日本のシンガーソングライター、タレント、女優。本名:渡邉 真知子(読み同じ)。神奈川県横須賀市出身。緑ヶ丘女子高等学校、洗足学園短期大学音楽科卒業。

1977年デビュー。1970年代後半のニューミュージックブームの中で、松任谷由実や中島みゆきなどの次世代の女性シンガーソングライターとして活躍する。フォークソング全盛時代には「シンガーソングライターはテレビに出て歌わない」という風潮があったが、従来は歌謡曲中心だったテレビの音楽番組に積極的に出演し、声楽科出身の豊かな声量でデビュー直後から数々のヒット曲を生み出した。

歌詞やアルバムタイトルには、出身地の横須賀や海と港町の風景をテーマとしたものが多く、伸びのあるパワフルな歌唱と、明るい中にも哀愁を漂わせた曲調を持ち味とする。第20回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した『かもめが翔んだ日』は渡辺の代表曲として知られ、個人事務所やオフィシャルウェブサイト、公式ファンクラブの名称にも、シンボルとして「カモメ」の名が用いられている。

人物・来歴

人物

それ以前の世代(1960年代から1970年代)のフォーク・ニューミュージック系のアーティストとは異なり、テレビやラジオにも積極的に出演し、デビュー当時はアイドル歌手に近いような扱いを受けることもあった。天真爛漫な人柄で知られ、テレビ出演時の軽快なトークで人気を集めた。芸術家肌のアーティストが多かった当時のシンガーソングライターには珍しく、マルチタレントとして活躍し、女優として映画やテレビドラマに出演したり、ラジオパーソナリティとしても活動している。

血液型はB型。趣味はスキューバダイビングとガーデニング。犬好きでチワワを2匹飼っている。書道八段の腕前で、NHK総合テレビ『ふたりのビッグショー』で「海」という作品を披露した。

山口百恵と所属レコード会社が同じCBSソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)で、山口が少女時代を横須賀市で過ごしたという縁もあり親友同士で、山口が芸能界を引退した後の結婚式に出席している。

また、渡辺より1年早い1976年にデビューし、1978年に『飛んでイスタンブール』が大ヒットした庄野真代とも親友で、1978年には渡辺と2人揃って第29回NHK紅白歌合戦」に初出場している。

アレンジ

編曲は、初期は船山基紀が一手に引き受けた。歌謡曲的な要素もふんだんに取り入れたシングルは、ニューミュージックの歴史の中でも代表的な作品群であり、同時に船山にとっての代表作ともなっている。また、デビュー時のバックバンドのバンドマスターは羽田健太郎であった。

「かもめが翔んだ日」は、冒頭のバース(ハーバーライトが朝日にかわる〜)の部分は、後から曲に入れた。またレコード録音では、本来はドンカマやメトロノーム等を用いて曲のテンポを一定にするが、この曲を聴いたピアノの羽田健太郎をはじめとするミュージシャン全員が「勢いのままいこう」と機械の使用を止め、曲が進むにつれてテンポが早くなっている。新曲のシングル版をプレスするときには試聴会を行うが、「かもめが翔んだ日」は試聴会の時点から反響が大きく、試聴会にもかかわらず異例の要望によりアンコールが行われた。

「うみなり」(1979年、アルバム『遠く離れて』収録)は、船山自身が全体的に気に入っており、船山による前奏のギターのアレンジも高評価を得ていた。

「メモリーズ」(1979年、アルバム『メモリーズ』収録)は、学生時代の友人が社会人になって成長しているのに、真知子自身はひたすらスケジュールをこなして作詞作曲に忙殺されて消耗しきっていることに不安を感じ、また、その不安を口にすることもできないという当時の心境が反映された曲である。このことから曲全体が暗いイメージで作られているが、すべて暗いままではなく「希望」を感じさせる箇所を意図的に入れている。ただし歌詞には「希望」の箇所を入れることができず、代わりに「あの人との今はもうメモリーズ」の「あの人との」の箇所をメジャーコードで展開した。船山からは、曲全体を暗くせずメジャーコードで展開した箇所を入れたことを非常に褒められた。

また、4枚目のアルバムとなる『メモリーズ』は、デビュー以降立て続けにヒットを飛ばしていた渡辺が、次へどう進むべきか悩んでいた時期に制作された作品であった。ラストを飾る収録曲「明日へ」は、当時の若者たちへの応援歌として作ったバラードでもあり、同時に渡辺が自分自身を奮い立たせるために書いたという。翌1980年1月にはカネボウCM曲となった『唇よ、熱く君を語れ』をリリース、迷いを吹っ切るように大ヒットとなった。この「明日へ」は、2020年にリリースしたセルフカバーアルバムのタイトル曲ともなっている。

経歴


 

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