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三遊亭歌之介



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Wikipedia

三遊亭 歌之介(さんゆうてい うたのすけ、1959年4月8日 - )は、日本の落語家。本名、野間 賢(のま さとし)。落語協会所属。故郷の鹿児島弁の落語で注目を集めている。出囃子は『われは海の子』。

来歴・人物

鹿児島県肝属郡錦江町(旧:大根占町)神川字皆倉出身。末っ子で、兄と姉がいる。

小学校1年生の頃に両親が離婚し、母・ノキ子と共に、夜行バスで、当時住んでいた京都府から鹿児島に帰った。ノキ子は大阪の紡績工場に出稼ぎに行ったため、7年間、祖母に預けられたと明かしている。小学生のころは冷え性で、6年生の時まで夜尿症が治らず、ノキ子が電気あんかを買って送ったという逸話がある。

大阪市立汎愛高等学校卒業後、1978年(昭和53年)3月、3代目三遊亭圓歌に弟子入りし、前座名は「三遊亭歌吾」となる。1982年(昭和57年)5月、二つ目に昇進し、「三遊亭きん歌」となる。当時住んでいたアパートの家賃を滞納していたが、アパートの廊下で落語会を催して滞納分を支払った。1985年(昭和60年)、若手演芸大賞最優秀二つ目賞を受賞するとともに、NHK新人落語コンクールに入賞。1987年(昭和62年)5月、落語協会の真打昇進試験を受験し、新作落語『寿の春』で合格する。同年10月、18人抜きの大抜擢で真打昇進し、初代「三遊亭歌之介」となる。

1988年(昭和63年)、鹿児島県にてミニ独演会(1回30分)を1日14か所で行う。1990年(平成2年)、鹿児島県より「さつま大使」を拝命。1991年(平成3年)、国立演芸場主催花形演劇大賞で金賞を受賞する。1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災の際には、落語のCDを制作、売上金を全額寄付した。妻は歌之介と同じ鹿児島県出身(枕崎市出身)で、娘と息子がいる。

現在、「世界の桜を桜島に植えよう」という活動を行っている。

2018年4月22日、東京・国立演芸場で行われた「三代目 三遊亭圓歌 一周忌追善落語会」の席上、翌2019年3月鈴本演芸場下席より4代目三遊亭圓歌を襲名することが発表された。師である3代目圓歌が亡くなる前年の2016年落語協会納会で、「圓歌」の名跡を歌之介に襲名させたいとの遺志が同協会長の柳亭市馬へ伝えられており、3代目が死去した2017年末の協会理事会で承認を得ていたとのことである。

芸風

古典落語、新作落語の両方をこなす。

故郷では鹿児島弁の落語を披露する芸達者な落語家であり、新作落語では自分の少年時代や母親のことを題材にする。また、噺に時事問題を取り入れたり、健康に関することも題材としている。地方公演が多く、マスメディアへの露出は少ない。しかし、鹿児島県では年に一度、鹿児島弁の落語がテレビで放映され、販売されているCD・テープ・ビデオは鹿児島弁のものが多い。

また、スーツ姿で漫談をすることもある。

主な新作落語

 

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