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太田プロダクション



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Wikipedia

株式会社太田プロダクション(おおたプロダクション)は、日本の芸能事務所。所在地は東京都新宿区。

1963年(昭和38年)7月20日、新宿松竹文化演芸場の支配人から転身した磯野勉が設立。磯野は高齢となったこともあり会長に退き、民放テレビ局勤務の経験がある息子の太が社長職を引き継いだ。太の母で勉夫人の磯野(旧姓:太田)泰子が副社長を務める。日本音楽事業者協会(音事協)に加盟している。

概要

関東では老舗のお笑いタレント事務所。創設以来数々のお笑いタレントを輩出している。

1960年代初期のトリオコント・ブームでは、てんぷくトリオやナンセンストリオ、トリオ・スカイライン、ギャグメッセンジャーズを輩出。1970年代末期の第一次ものまねブームでは、はたけんじ、若人あきら(現・我修院達也)や、当時、コミックバンドとして活動していた殿さまキングスを輩出した。

1980年代の漫才ブーム以降は、『オレたちひょうきん族』に出演したツービートや片岡鶴太郎、山田邦子らを次々と世に送り出した。1990年代以降はダチョウ倶楽部、松村邦洋、有吉弘行、劇団ひとりといったお笑い芸人を輩出しており、主にピン芸人が活躍する傾向にある。

高島礼子、斉藤慶子ら俳優陣も多数在籍している。

1980年代にはビートたけしや片岡鶴太郎、山田邦子らといった当時のテレビ界には必要不可欠だったタレントを数多く抱えていたことから「泣く子も黙る太田プロ」と称され、在京キー局においては吉本興業以上に強い影響力を持っていたが、たけしをはじめとしたたけし軍団らが独立してオフィス北野を設立したことや、看板タレントの一人である片岡鶴太郎が俳優業にシフトしたことにより一時の影響力は影を潜めている。その後も所属タレントの独立・移籍・解散などが繰り返されながらも、一線で活動する数多くの有名俳優やタレントを抱えている。

2000年代後半以降はAKB48の大島優子、前田敦子、小野恵令奈、指原莉乃、北原里英、野呂佳代、横山由依、入山杏奈、NGT48の中井りかがoffice48やAKSから移籍している。またプロボクサーのライセンスを取得した片岡鶴太郎の縁で、元プロボクシング世界王者のマネジメントも手掛けている。東京・名古屋にタレント養成スクール(太田プロエンタテイメント学院)を開設。2015年には福岡、2016年には札幌にも開設した。

所属タレントの報酬(ギャラ)は、社長から現金で手渡しというシステムを採っている。[1]

所属タレント

あ行

 

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