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中村雅俊



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Wikipedia

中村 雅俊(なかむら まさとし、1951年2月1日 - )は日本の俳優、歌手、タレント、司会者。所属はエム・ジェイ・エンタープライズで、代表取締役社長を務めている。また、マリンパル女川の名誉館長も務めている。家族は、妻・五十嵐淳子とのあいだに1男3女がおり、その長男は元俳優の中村俊太。俊太には3人の妹がおり、三女はタレント・モデルの中村里砂。

宮城県牡鹿郡女川町出身。女川町立女川第一中学校、宮城県石巻高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。身長182cm。

略歴

漁業で潤っていた女川町には200軒近くも飲み屋があり、中村の母親も飲食店を営んでいた。そんな環境が音楽にハマるキッカケになった。「母親が忙しかったから、毎日テーブルに食事代として200円が置かれていたんです。食事代を100円に抑えて、残りの100円を貯金してクリフ・リチャードといった洋楽やザ・スパイダース、ザ・タイガースなど当時、流行(はや)っていたGS(グループサウンズ)のレコードを買っていましたね」と中村は当時を振り返る。

慶應義塾大学ではESSに所属しており、四大学英語劇大会に参加していた。1973年文学座附属演劇研究所に入所し、大学卒業と同時に文学座に入団。文学座の先輩である松田優作の紹介で岡田晋吉の目に留まり、翌年、日本テレビ系列で放送された青春ドラマ『われら青春!』の主役に抜擢され人気を獲得し、自らが歌う挿入歌『ふれあい』が100万枚を超えるセールスを記録した。実は松田が中村を紹介したのは、村野武範が松田を岡田に紹介した時同様に、マージャンに負けた時の約束だった。

一躍その名を全国に轟かせ、以降、俳優としてテレビドラマや映画、ミュージカル、CMへの出演も行う一方で、歌手としてもデビューから毎年コンサートツアーを敢行する。その数は1,400回を超え、いずれも大きな成功を収めている。ドラマ『俺たちの勲章』、映画『凍河』で共演した五十嵐淳子との間に長男・俊太をもうけ、1977年2月1日に結婚した。結婚に関しては「デビューして間もなかったから、マネージャーや母親など周囲には猛反対されましたね。週刊誌の担当記者にも“仕事がなくなるぞ”と忠告されたし、当時1万人いたファンクラブ会員も一気に1800人まで減りました(笑)。当時は、結婚するだけで批判を受ける時代。“裏切り者雅俊”と報じたスポーツ紙は今でも持っています(笑)」と後に語っている。

1985年に文学座を退団し、その後は俳優・歌手活動だけでなくテレビ番組やラジオ番組の司会進行役を務めるなどマルチな才能を発揮し、CMにも多数出演する。また、保険会社等が毎年発表する「理想の夫像・夫婦像」と題するアンケートでは常に上位にランクインし、幅広い層から支持を集めていることも証明される。ただし、年齢を重ねるに連れ近時では理想の父親、祖父ランキングの上位にランクインすることも増えている。

パーソナリティを務めたTBSラジオ『中村雅俊マイ・ホームページ』は、2009年4月3日の最終回までに12年半に渡り放送された。また、フジテレビ系列で放送していたバラエティ番組『笑っていいとも!』の1コーナー、テレフォンショッキングの出場回数は、最後に出た2007年1月18日放送分をもって16回目を数え、最終回を終えた時点で男性ゲストの4位だった。

東日本大震災で歌への思いも変化しており、中村は「女川って町は小さな港町だから、もっと広い世界を見たいと思って、高校卒業後に町を出たんです。だけど震災後は、俺は女川の人間だから支えていかなきゃダメだって地元意識が強くなりました。微力ですけど、俺にできることがあるなら……と、できる限り被災地に足を運んでいるのですが、行くたびに音楽が持つ力を再確認させられます。大学時代に作って、2枚目のアルバムにも収録されている『私の町』という女川を歌った曲を歌うと、みなさん泣いて喜んでくれるんですよね。俺が役者1本だったり、『ふれあい』だけの一発屋だったらこうして多くの方とふれあえなかったはず。だから歌を続けてこられて、幸運な男だなって思います」と2017年のインタビューで述べている。

エピソード

  • 文学座での下積みを殆ど経験せず、テレビ俳優として急激に知られるようになったため、文学座のベテラン座員の中には中村が文学座の座員であることを知らない者が多かった。入団して数年後に、幹部である杉村春子に挨拶したところ「あなた文学座だったの?!」と驚かれたという。
  • 大学時代の4年間はサークル仲間と酒を飲む一方で、売れるまで工事現場、出前持ち、家庭教師、清掃、ホットドッグ店店員、デパートの屋上ビアガーデンのボーイ、ベルトコンベヤーに荷物を載せる力仕事、銀座三越での包装、茨城県土浦市では市役所でコピー取り等のアルバイトをしながら家賃1万円のアパートに住み、食事代節約のため友人宅で夕食を御馳走になっていた が、貯金もできずにいたという。
  • 大学時代は横浜市保土ケ谷区天王町に住み、「サンデープレゼント」にて40年前に縁のある生活圏をめぐった。横浜以外では戸越銀座や砧。
  • 『われら青春!』の主役は松田優作で内定していたが、萩原健一の降板に伴って松田が『太陽にほえろ!』に出演することになったため主役の座が空き、1期先輩である松田と文学座のマネージャーが、両番組プロデューサーの岡田晋吉に中村を推薦したことにより、急遽出演が決まった。
  • 支援ソングの発表やチャリティーライブの開催といった活動にとどまらず、同級生たちと地元・女川を復興させようという委員会を立ち上げ、今も月1回のペースで被災地に行き、復興支援活動を行っている。2012年5月1日、日本財団により、伊勢谷友介、EXILE、加藤登紀子、小林幸子、コロッケ、坂本龍一、サンドウィッチマン、杉良太郎、伍代夏子、はるな愛とともに「被災地で活動した芸能人ベストサポート」に選出され表彰されている。
  • 2009年1月17日公開予定であった映画『ふうけもん』は2008年12月15日、東映は製作者側の諸事情を原因に公開中止を発表した。製作元のJ&K INTERNATIONALの資金難が原因であった。お蔵入り寸前だったが、2009年12月10日から追加撮影され、2010年3月にクランクアップし、全国公開された。
  • 2010年12月31日に放送された日本テレビの特番『絶対に笑ってはいけないスパイ24時』では、GIA長官として登場、山崎邦正の腹を殴ったり、お笑いコンビいつもここからと「悲しいとき」のネタを披露したり、IDカードの暗証番号にメンバーに関係する番号を読み上げたりするなど、イメージを覆す予想外の行動を連発し、ダウンタウンら出演者と視聴者の笑いを誘った。また、この時メンバーの名前を一人一人確認してコードネームを与える役目を担当したが、かねてから親交のあった浜田雅功には名前を確認する前に自ら「浜田君」と呼んでしまうという一幕もあった。

 

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<カンフェティ取扱チケット>
S席(1階席・2階前方席):12,000円(全席指定・税込)
2019年7月6日 (土) 〜
2019年7月31日 (水)
明治座