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立川志らく



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
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Wikipedia

立川 志らく(たてかわ しらく)は、江戸・東京の落語の名跡。この名前を名乗った落語家は、5人前後いるとされている。亭号は立川の他に翁家、升々亭などがあった。

  • 朝寝坊志らく - のちの柳亭左好
  • 朝寝坊志らく - 6代目橘家小圓太の項目で詳しく記述。
  • 立川志らく - 本記事で詳述。

立川 志らく(たてかわ しらく、本名・新間 一弘〈しんま かずひろ〉、男性、1963年〈昭和38年〉8月16日 - )は、日本の落語家、映画評論家、映画監督、コメンテーター。落語立川流、ワタナベエンターテインメント(文化人部門)所属。出囃子は『花嫁人形』。日本映画監督協会にも所属。初婚は大学生在籍時、バツイチ。現在の妻は女優の酒井莉加。血液型O型。身長168cm。東京都世田谷区出身。

来歴

父親がギタリスト、母親が長唄という芸人の家庭で育ち、中学生の頃から落語と映画を好きになる。落語については、小学校高学年の頃から父親が落語好きで家にあった落語の本とレコードで親しみ始めたという。祖父は昭和の名灸師である深谷伊三郎。

世田谷区立山崎小学校、世田谷区立山崎中学校を卒業後、日大三高から日本大学芸術学部演劇学科に進学、落語研究会(日本大学芸術学部落語研究会)に所属する。

1985年10月、4年生の時、同サークルのOB高田文夫の紹介で7代目立川談志に入門し、前座名立川志らく(師匠の談志がフランスの政治家、ジャック・シラクにちなんで命名したという。)を名乗る。大学はその後中退。1988年3月に二つ目、1995年11月に真打昇進した。2001年彩の国落語大賞受賞。

1990年代には兄弟子朝寝坊のらくと立川談春とともに立川ボーイズを結成、深夜番組『ヨタロー』に出演、その後、真打昇進までは古典に打ち込み、真打昇進後はシネマ落語等の分野を開拓。

1992年、彼を筆頭とした落語家らで「“超”放送禁止落語界」と題した寄席を開催。皇室罵倒、差別用語連発の演目を披露「9月にも開催予定だが、もし無くなったら何者かのクレームにより演者が危急に陥ったと云々」と笑いを取っていたが、会場に居合わせていた部落解放同盟関係者が演目を全て録音、同団体からの糾弾を受ける。

2003年より劇団下町ダニーローズを主宰し、舞台演出家・脚本家としても活動している。2014年現在まで16回の公演を数えている。

2015年1月から独演会「立川志らく落語大全集」を開始。16年かけて203席を演じる予定。

人物

  • 映画好きで知られ、1997年に『異常暮色』で映画監督デビュー。映画監督として日本映画監督協会にも所属している。『キネマ旬報』に映画エッセイ「立川志らくのシネマ徒然草」の連載を持ち、同連載は1996年と1999年に「キネマ旬報ベストテン」の読者賞を受賞した。映画関連では他にも、映画専門チャンネルのスターチャンネルで2008年から映画解説者の一員となり、独演会では映画を落語にした「シネマ落語」などの活動を行っている。
  • 大林宣彦を敬愛しており、大林作品で一番好きな『あした』を2008年6月、劇団『下町ダニーローズ』の第9回公演(紀伊國屋ホール)で『あした〜愛の名言集』というタイトルで舞台化した。

 

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