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麻丘めぐみ



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麻丘 めぐみ(あさおか めぐみ、1955年10月11日 - )は、日本の女優、歌手、演出家。本名は藤井 佳代子(一時、田島 佳代子が本名だった時代もある)。

大分県生まれの大阪育ち。1970年代を代表するアイドルの一人で、チャーミングな容貌と優しい歌声で一時代を築いた。現在は女優の活動を中心に置きながら歌手活動も続けている。キリスト教 カトリック教会の信徒である。

シアタードリームズカンパニー所属。芸文株式会社・ヴェリータ株式会社と業務提携をしている。堀越高等学校→明治大学付属中野高校定時制課程卒業。

経歴

生誕〜子役・モデル時代

大分県日出町で生まれ、生後半年から大阪で育った。先祖は日出藩の家老で、父の実家は日出城の二の丸部分にあったという。子供の頃から活発だった姉に付き添う形で劇団に入り、1歳8ヵ月でCMに出演、3歳で子役として芸能界デビューする。初舞台は梅田コマ劇場で、花菱アチャコや森光子らとの共演だったという。

小学5年の時に母に連れられ上京。その3か月前に単身上京していた姉(歌手になるため遠藤実の内弟子になっていた)の生活を支えるためだった。杉並区久我山に母娘3人で暮らすが家計は苦しく、日々の献立はジャガイモばかりだったという。

中学時代には、当時創刊間もない少女雑誌『週刊セブンティーン』等でモデルとして活動。当時の芸名は本名の藤井佳代子(途中から本名・芸名共に田島佳代子に改名)。

モデル業の合間に、歌手だった姉の仕事現場に雑用係として度々顔を出していたところ、その場にいたレコード会社のスタッフから幾度となく歌手デビューを持ちかけられる。しかし、頑張りつつもヒットに恵まれない姉の姿を間近に見ていたことから「お姉ちゃんが苦労しているのだから自分に歌手は無理」と、しばらくはその誘いを断り続けていた。

歌手デビューを受け入れた理由は、このままヒットが出ないと姉がレコード会社から契約を切られるのではないかと危惧し、そうならないためには自分が会社の言うことを聞けばいいのではないかと考えた上でのことだった。あくまでも姉をサポートしたいがための決断であった。

アイドル時代

1972年、「芽ばえ」でアイドル歌手デビュー。"演歌のビクター"からのポップス系歌手第一号でもあった。40万枚を超えるヒットとなり、第14回日本レコード大賞では最優秀新人賞を受賞。

1973年、「わたしの彼は左きき」が大ヒット。第15回日本レコード大賞で大衆賞を受賞し、同年の『第24回NHK紅白歌合戦』にも出場、自身の代表ソングにもなる。この曲のヒットで日本では一躍左利きが注目され、左利き用品が多数発売されるようになったというエピソードもある。麻丘自身は左利きではないが、この曲がヒットしていた時には左手でサインを書いて見せたり、左手で箸を使って見せたりしていた。

また、彼女のトレードマークでもあった姫カットが同世代の女性達の間で爆発的なブームになった。ちなみに本人が姫カットにした由来は、お洒落のためではなく髪型のバリエーションを持たせやすいようにとの合理的な理由から。アイドル活動と並行して雑誌モデルをしていた当時、スタイリストやヘアメイクが付いていなかったために必要に迫られて自ら考案したものだという

1974年3月、日劇で行われたリサイタルの最中、舞台セットから転落して重傷を負う。そのために約半年間の休養を余儀なくされる。

引退〜復帰、現在

1977年、フジテレビの番組を制作していたワイドプロモーションのディレクターと結婚。自分の人生を一旦リセットしたい気持ちもあり、周囲の反対を押し切って 芸能界を引退する。長女・ひとみをもうける。


 

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