お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

facebok公式ページへ Twitter公式アカウントへ LINE公式アカウントへ
シアティ エンタメファンのアプリ

ストロングスタイル



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

ストロングスタイルは、自分の「感情(怒り)」をレスリングの中で表現するスタイル。アントニオ猪木が提唱した。

概要

かつて、アントニオ猪木の提唱以来、新日本プロレスを中心に継承されているスタイルとされている。猪木は自著である「アントニオ猪木自伝」の中でカール・ゴッチ流のレスリング技術の攻防を見せるスタイルと力道山流のケンカに近いプロレスの凄みを見せるスタイルを融合させたものが猪木流の「ストロングスタイル」であると述べている。

ゴッチは努力の積み重ねによって強さを身に付け、力道山のプロレスは喧嘩で物凄い怒りを込めた怨念のプロレスと評して、その遺伝子を継承していると自認している。

また、黒いショートタイツと黒いリングシューズ、肘、膝のサポーターなしの組み合わせをもって「ストロングスタイルの象徴」とされており、新日本では多くのプロレスラーがこの組み合わせの姿から出発する。

経緯

力道山からジャイアント馬場との待遇の面で差別されていると感じていたアントニオ猪木自身は早い段階から「実力至上主義」のプロレスの実現を目指していたが馬場との直接対決の要求は受け入れられず、新たに立ち上げた東京プロレスは頓挫したため理想のプロレスの実現はなかなかできなかった。

1972年3月6日、猪木が設立した新日本プロレスの旗揚げ戦で行われたカール・ゴッチ戦で手応えを感じた猪木は以後、猪木流の「ストロングスタイル」を前面に打ち出して「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」、「プロレスこそ最強の格闘技」と公言するようになり、新日本のプロレスこそ「KING of SPORTS」であると標榜するに至った。

猪木は、これらの主張を世間に認知させるために異種格闘技戦でウィレム・ルスカ(柔道)戦、モハメド・アリ(ボクシング)戦(詳しくは「アントニオ猪木対モハメド・アリ」を参照)、ウィリー・ウィリアムス(空手)戦などを行い実証しようとした。

猪木の考えや一連の行為を「猪木イズム」と称されることもあるが猪木が現役を引退した現在の日本のプロレス界において「『ストロングスタイル』を実践しているプロレス団体はどこか」あるいは「『猪木イズム』を継承しているプロレスラーは誰か」については議論の分かれるところであり、流動的な現状である。

長州力の手により創設され、崩壊したWJプロレスのキャッチフレーズは「目ん玉飛び出るストロングスタイル」であったがWJはラリアットなど派手でプロレス的な技を目玉にしており、アントニオ猪木流のストロングスタイルとは異なるものだった。

武藤敬司はメディアを使って大々的に対立軸やストーリー展開を煽っていく、猪木の取り組みを評して「猪木さんのプロレス自体、実はアメリカンプロレスなんだよ」と指摘している。また、新日本のレフェリーやマッチメイカーを担当したミスター高橋は前述の異種格闘技戦は台本や仕掛け、アングルを練った上で進めていたと自著で述べ、実力主義は演出の賜物であると指摘している。

「キング・オブ・ストロングスタイル」の異名を持つ中邑真輔は、ストロングスタイルが海外からどう捉えられているか、と言う質問に対して、アメリカ人レスラーからシュートスタイルと思われることがあると前置きした上で、ボクシングやレスリングのプロも本物だと思う技術に、猪木の提唱する怒りや生の感情を落とし込むスタイルが加わったものだと説明している。

雑誌

新日本プロレスが週刊プロレスを取材拒否していた1990年代後半から2000年代に、新日本の情報を扱うスポーツマガジンとして創刊。出版社(発行元)はアスペクト、バウハウス、悠文社と変更されたが発売元は新日本プロレス、編集は一貫してストロングスタイル編集部(西五反田に所在)が担当。デザインのバーニングスタッフなど新日本の会場パンフレット制作陣が参加した。


 

取扱中の公演・チケット情報

現在取り扱い中の公演はありません。