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藤井隆



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藤井 隆(ふじい たかし、1972年(昭和47年)3月10日 - )は、日本のお笑いタレント、歌手、俳優、司会者である。大阪府豊中市出身。吉本興業所属。妻はタレントの乙葉。

略歴

学生時代

豊中市立南丘小学校、豊中市立第九中学校、大阪市立西商業高等学校(現・大阪市立西高等学校)卒業。高校卒業後の数年間は、化学薬品会社の経理課に勤務していた。

芸人デビュー

1992年、サラリーマンを続けながらYSP(吉本新喜劇プロジェクト)へ。同年、『テレビのツボ』(毎日放送)でテレビデビューを果たし、これを機にサラリーマンを辞め、仕事を吉本興業に一本化した。

吉本興業の同期には海原やすよ・ともこ、ココリコ、大阪NSC11期生の中川家、陣内智則、たむらけんじ、ケンドーコバヤシ、烏川耕一、たいぞうらがいるが、NSC11期の芸人に関しては実際には彼らのほうが後輩である。陣内は当初藤井に対しては先輩として接していたが、後に「隆」と呼んで対等に接するようになった。『テレビのツボ』では、NHK大阪放送局と毎日放送担当のチャンネル君(丸一日特定のチャンネルを視聴し、夜の生放送でその日の一番の見所を報告する役割)を務めた。天然パーマに繋がった両眉毛という、インパクトの強い容姿が番組のファンに親しまれていたが、当時のキャラクターはいたって普通の青年で、本格的に彼の個性が爆発するのは番組終了後のことである。

一時期吉本新喜劇を退団し、オランダを放浪していたが、後に帰国。帰国後に吉本へ挨拶に出向くと、なぜか何事も無かったかのように即仕事を入れられたため、復帰することとなった。新喜劇の全国展開が活発になってきた頃、中堅クラスの多くが遠征で不在のためにベテラン数名と二線級以下のYSPメンバーばかりで演じなければならない時期があった。この期間、病院に緊急入院した内場勝則の同室の病人(島木譲二)と院長(チャーリー浜)がオカマというシナリオで、それまでゲジゲジ眉毛しかギャグがなかった藤井がハイテンションなオカマキャラを演じて観客に強烈なインパクトを与え、そのまま「オカマの藤井」として一気にブレイクを果たす。

全国区タレントへ

1997年、当時レギュラー出演していた『超!よしもと新喜劇』(毎日放送)でもオカマキャラを演じ、全国区で再ブレイク。登場時の声援は凄まじく、「HOT!HOT!」のギャグをする時には観客から手拍子までも起きた。また同番組ではダウンタウンがゲスト出演した際に松本人志の仕掛けに嵌り、浜田雅功とキスをするはめになった。これがきっかけでブレイクして以来、ダウンタウンの番組にも多数ゲスト出演。2001年には、4年ぶりに復活した『ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル』(フジテレビ)に元々のレギュラーたちと並んで出演している。

1999年10月、ココリコと共に初の冠番組『フジリコ』(日本テレビ系列)がスタート。同月から『笑っていいとも!』に(フジテレビ)レギュラー出演。

2000年、浅倉大介のプロデュースによるシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューし、同年『NHK紅白歌合戦』(NHK)に初出場。司会者からは「お笑い芸人がポップスの世界に殴り込んだ」と紹介された。その翌年にもRe:Japanのメンバーとして2年連続出場(ウルフルズとコラボレーション)し、「明日があるさ」を熱唱した。歌手としては、2004年に上海、ロサンゼルスでワールドツアーを行った。

2001年に放送がスタートし、一時はゴールデンタイムに進出した『BEST HIT TV』シリーズ(テレビ朝日)でマシュー南というキャラクターで司会を務め、人気を集めた(後述)。

2004年1月より『乱歩R』(日本テレビ系列)でテレビドラマ初主演。同年、劇場版アニメ『マインド・ゲーム』で初声優を務める。

結婚後


 

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