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本條秀太郎



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本條 秀太郎(ほんじょう ひでたろう )は、日本の民謡・端唄・俚奏楽三味線の演奏者で、三味線音楽の作曲家である。茨城県行方郡潮来町(現・潮来市)に生まれる。本名は高田 新司

経歴

生家が潮来の花柳界に近かったこともあり、11歳より地元の篠塚みつについて三味線を習う。1958年、三味線演奏家になるべく家族全員で上京し、長唄を稀音家芳枝に、民謡を二代目大船繁三郎(民謡歌手 斉藤京子の実父)にそれぞれ師事。高校卒業後、大船の紹介により民謡三味線の大家、藤本?丈(初代)の内弟子となる。小唄は女優の三浦布美子(田毎てる三)に師事、田毎吉太?の名を許される。

藤本秀太?の名を許され、藤本流の主要演奏家としてレコーディング、放送、舞台で活動している。1969年、現在の活動の原点ともなる『雪の山中』(石川県民謡『山中節』をモチーフにしたもの)を作曲。これを新しい三味線音楽『俚奏楽』(りそうがく)と定義する。

1971年、藤本流より独立し、『本條流』を創流、家元となり、本條秀太?を名乗る。秀太?の芸名使用については師の藤本?丈より許しを受ける。『俚奏楽』を本條流の流儀の主体に据え、民謡・端唄・俚奏楽の3本柱での活動を始める。

以後の活躍はめざましく、俚奏楽や現代曲など数々の作品を発表。また江戸端唄の収集にも取り組み350曲を収集、その全てを自身の歌と三味線で実際に演奏する『端唄〜江戸を聞く〜』シリーズの演奏会を紀尾井ホール(小ホール)にて開催。また日本各地での演奏会も不定期に行い、収集した端唄のCD化も進めている。

流儀の演奏会として『本條會』を毎年行い、5年に1度は東京国立劇場(大劇場)での公演を行っている。2005年8月10日・8月11日に開催された国立劇場に於ける第40回公演からは、それまで(最近では2日間3公演が定式)民謡・端唄と一つの公演で扱っていた俚奏楽だけを独立させ、8月11日公演分を『本條流俚奏楽演奏会』と銘打って開催。翌2006年からは紀尾井小ホールを定会場として定期演奏会を行っている。

テレビ・ラジオ・舞台での演奏に加え、本條流家元として全国各地の門弟への教授活動、作曲活動も行い、その他にも映画音楽、商業演劇の舞台音楽、NHK大河ドラマなど時代劇での邦楽指導、邦楽監修など幅広く手がける。

三味線・民謡・端唄の演奏家も多数育成し、高弟に金沢明子・高橋キヨ子(俚奏勢ひで)・成世昌平・神田福丸(俚奏冨久ひで)・本條秀五郎・本條秀邦らを輩出。伴奏を手がける民謡歌手からの信頼も厚く、師である藤本?丈に勝るとも劣らない評価を得ている。

俳優の森繁久彌・片岡鶴太郎・朝丘雪路、音楽では細野晴臣・大瀧詠一をはじめ、ジャンルを超えて本條の音色に魅了された著名人との交友関係も広い。

俚奏楽(りそうがく)

本條流の流儀曲と位置づけられた本條自身が創始した三味線音楽の一種である。

『俚』は、かつて民謡が『俚謡』または『里唄』とも呼ばれていたことに基づく。三味線音楽の源流をたずね、その役割を実践的に発展させ現代的解釈と創造を加え、消えてしまいそうな民謡曲を作品の中に発展した新しい形で継承していくことを目的としている。

題材としては全国各地の民謡が多く、その他江戸風俗や琉球音楽を題材にしたものもある。当初は演奏曲としての色が強かったが、近年は舞踊曲としても採用され、花柳流・藤間流・西川流などの古典舞踊の流儀の舞踊会でも踊られるようになった。そのため古典的・情緒的な色合いが強くなり、本来の特色であった民族性は薄れつつある。

また、作詞こそ多くの作家に依頼しているものの、作曲は全て本條自身が行っているため作風の偏りが見られる。門弟をはじめとする演奏家にも作曲の機会を与えることで、新たに展開し次世代への継承がなされるとの意見もある。

演奏家は本條自身と門弟が務めるが、三味線方は本條姓を名乗るのに対して、唄方は俚奏姓を名乗っている。

肩書き・役職

 

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