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横内正



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Wikipedia

横内 正(よこうち ただし、1941年7月1日 - )は、旧満州・大連生まれ、愛媛県、鹿児島県鹿児島市、福岡県若松市(現在の北九州市若松区)育ちの俳優及び声優。愛称は「ヨコ様」。TYプロモーション所属。

来歴・人物

父はソ連兵に没収されるまでストラディバリウスを所有していたバイオリニストで、大連でバーカジノのオーナーとなり、バンドマスターも務めていた。

1946年、家族と共に日本に引き揚げ、舞鶴港に上陸後は親戚縁者を頼り転々、一度愛媛県内郡部の小学校に入学するが、2年生で鹿児島市立城南小学校に転校、4年時にはNHK鹿児島放送局児童演劇団に入り、ラジオドラマに出演。 6年生の時に鹿児島市立鴨池小学校に転校するが、同3学期に福岡県若松市(当時。現在の北九州市若松区)に移転、若松市立修多羅小学校(現在は北九州市立若松小学校に合併)へ転校、その後若松市立第三中学校(後の北九州市立高塔中学校、現在は合併により北九州市立若松中学校)、福岡県立若松高等学校へ進学、卒業。

1960年、高校卒業と同時に上京、俳優座養成所を受験するが、2次試験に失敗。そのまま数々のアルバイトをしながら東京にとどまり、翌1961年、再チャレンジし合格、第13期生となる(同級生は石立鉄男、細川俊之、佐藤友美、加藤剛ら)。1964年養成所を卒業、俳優座入団、同年、日生劇場「ハムレット」の幕開き第一声を務めるフランシスコー役で初舞台を踏む。 「ハムレット」公演と同時に東京12チャンネル「雲こそわが墓標」でテレビ初出演。さらに1965年5月16日公開の東宝「最後の審判」で映画初出演、1967年にはNHK総合連続テレビ小説「旅路」に鉄道員・室伏雄一郎役として主演、茶の間の人気を得る。その後、吉田喜重監督「さらば夏の光」(1978年)や、「新・男はつらいよ」(1970年)「愛と死」(1971年)などの映画に助演として出演。その後俳優座の舞台では数多く主役を務める。

1969年から放送された『水戸黄門』では初代・渥美格之進役を8年間(249本出演)、1977年から放送された『暴れん坊将軍』では初代・大岡忠相役を19年間(600回以上出演)演じたことで著名。実は前者が初の本格的な時代劇出演で、しかも撮影初日が炎天下であった(本人は「『これからどうなるのか』と思ったのをよく覚えてます」とコメントしている)。「格さん=印籠を出す」という流れが定番となっているが、これは当時の助さん役の杉良太郎よりも声が大きかったため(「最初は、毎回印籠を出していたわけではなくて、今のスタイルが定着したのは始まって3年くらい。印籠を出さないと視聴者からクレームがくるようになってね。ファンの声で定番を作っていったドラマでした」と述べたことがある)。なお、格さんのイメージが定着し過ぎることを恐れ、6年目頃から自ら降板を申し出た。

2時間ドラマでは若林豪(実際は、24年)と並んで狩矢荘助警部役を多く演じた。

2回離婚しており、1度目は俳優座後輩の女優との間に1男2女儲けるが宗教的理由をもとに離婚。その後女優堀越陽子と再婚するが、離婚。

女性自身のblogに「ヨコ様の奥の横道」を開設している。

出演

テレビドラマ

  • 陽のあたる坂道(1965年・TBS)
  • ナショナルゴールデン劇場 / 逃亡(1966年、NET)
  • NHK劇場 愛のシリーズ / 大市民(1966年・NHK)
  • 旅路(1967年 - 1968年・NHK連続テレビ小説)
  • 男はつらいよ(1968年・フジテレビ)
  • 水戸黄門(TBS / C.A.L)
 

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