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MISIA



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Wikipedia

MISIA(ミーシャ、1978年7月7日 - )は、日本の女性歌手。長崎県出身。本名非公開。所属事務所はリズメディア。所属レーベルはSME傘下のアリオラジャパン。血液型はO型。

人物

「MISIA」というアーティスト名の由来は、「ASIAの方々にも音楽を届けたい」という想いから。

5オクターブの音域を持つ、日本のみならずアジアを代表する歌手。日本における女性R&Bブームの火つけ役的存在で、本格派R&Bのメイン・ストリーム化に大いに貢献した。またJ-POPの枠にとらわれることなく、日本にクラブカルチャーを根付かせると同時に、世界基準のサウンド・クオリティとポピュラリティの両立を果たした。ライヴにおいてもコンピュータを駆使した大規模なツアーでは斬新な演出の中心となり、楽器の生演奏のみのコンサートではエンターテイナーに徹し、最新のグルーヴを探究するライヴでは超一流ミュージシャンとのセッションを楽しむなど、常にトップ・アーティストであり続けている。

1999年から始まった「THE TOUR OF MISIA」とタイトルされたライブシリーズは、デビュー当時に考えていた"アンダーグラウンドのカルチャーをメジャーに"というコンセプトを形にしたものだった。バンドにDJを交えて構築されたサウンドとダンサーやドラァグクイーンが登場するステージというスタイルでR&BもソウルもJ-POPも表現するライブは、当時のメジャーシーンでは誰もやっていなかった画期的なものであった。しかしデビュー20周年となる2018年を目前に、すでに当初の目標は達成されたとしてその看板を下ろし、「THE SUPER TOUR OF MISIA」というタイトルで新たなコンセプトのツアーをスタートさせた。

社会貢献活動や慈善活動にも積極的で、特に子供の教育支援に尽力している。2008年からアフリカ・ケニアの子供たちをサポートすべく教育支援活動を開始。また世界中の子どもの教育支援を目的とした非営利団体・Child AFRICAを立ち上げる。2010年には国連から生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)名誉大使、2012年にはJICA国際協力機構からTICAD V(第5回アフリカ開発会議)のオフィシャルサポーター、2013年には日本の外務省から第5回アフリカ開発会議の名誉大使に任命された。それらの功績が認められ、2018年には「環境保護」「社会貢献」「非戦・平和関連」など、市民目線で豊かな未来へとつながる活動に取り組んだ個人や団体に贈られる「第3回 澄和Futurist賞」を受賞した。

来歴

幼少期を長崎県の対馬ですごす。家族全員が医者という家系で、医者である父の「離島に新しい医療を届けたいという」という思いを受けて家族で移住し、自然豊かな環境でのびのびと育てられた。そこで教会のゴスペルに触れ、幼い頃から音楽に親しんでいた。福岡県の県立香住丘高等学校に進学後、黒人のヴォイストレーナーに師事。歌手になるため、いろいろなオーディションに応募したりレコード会社に書類を送ったりしていた。

1998年、シングル「つつみ込むように…」でBMG JAPANよりデビュー。全国のクラブ・シーンを中心に草の根的に盛り上がっていった。先行発売されたアナログ盤5000枚は即完売し、間もなくアナログ市場で高値で取引された。デビューアルバム『Mother Father Brother Sister』は250万枚を超えるメガ・セールスを記録。

1999年、初のホール&アリーナ・ツアー「THE TOUR OF MISIA」を開催。

2000年、フジテレビ系テレビドラマ『やまとなでしこ』主題歌の「Everything」が出荷ベースで200万枚を突破した。

2001年、初のセルフプロデュース・アルバム『MARVELOUS』をリリース。

2002年、レコード会社をアリスタジャパンから所属事務所が設立した新レーベルRhythmedia Tribeに移籍。

2004年、女性ソロ・アーティストとして日本初の5大ドームツアー完全制覇を達成。

2005年3月31日、『愛・地球博』にアメリカの歌手エリカ・バドゥと出演。同年、ほっとけない 世界のまずしさキャンペーンに参加。


 

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