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荒川静香



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Wikipedia

荒川 静香(あらかわ しずか、1981年12月29日 - )は、神奈川県鎌倉市 出身。1990年代から2000年代にかけて活躍した日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)。日本スケート連盟副会長(2014年9月-)。マネジメントはユニバーサルスポーツマーケティング「USM」在籍。

宮城県 宮城郡「利府町」の「観光大使」に就任。利府町に約10年間住んでいた縁から任命されている(2019年8月24日)。

アジア選手として初めて冬季オリンピックフィギュアスケート競技で金メダルを獲得し、「東洋の女神」と称えられた。

主な競技成績は、2006年トリノオリンピック女子シングル金メダル、2004年世界選手権優勝、1998年長野オリンピック代表(13位)、1997年・1998年全日本選手権2連覇、2003年ユニバーシアード冬季大会・冬季アジア競技大会・2004年NHK杯各優勝、2004年GPファイナル2位など。

人物

1981年(昭和56年)12月29日、東京都品川区にある関東逓信病院で生まれ、サラリーマンの父と幼稚園教諭の母のもと、神奈川県鎌倉市で育てられた。名前の「静香」は、鎌倉に縁の深い静御前に因む。1983年(昭和58年)春、父親の転勤に伴って、1歳4ヶ月で宮城県仙台市に転居、1993年(平成5年)「宮城郡 利府町」に転居し、約10年間 宮城郡 利府町に住んでいた。利府町立しらかし台小学校、その後 利府町立しらかし台中学校 へ。1997年(平成9年)、そして県下ではアイスホッケーやフィギュアスケートが盛んなことで知られる東北高等学校に入学。2000年(平成12年)早稲田大学教育学部に入学し、卒業後の2004年(平成14年)春よりプリンスホテル(東京都)に所属。2013年(平成25年)12月29日、自らの誕生日に一般男性と結婚したことを発表した。2014年11月6日に第1子(長女)を出産した。2018年5月23日、第2子(長男)出産を報告。

公式サイト上には「出身地:神奈川県鎌倉市(出生地:東京都品川区)」と記載されている が、マスメディアではしばしば「宮城県出身」と紹介される乳児期から高校卒業まで宮城県で過ごし、小学生時から「宮城郡利府町」に住み、約10年間を過ごした。トリノオリンピック の2006年2月当時も実家は利府町にあった。

荒川家は一般的なサラリーマン家庭で、生活費用が圧し掛かるフィギュアスケートを続けていくために、母親が衣装を手作りするなどの支えが多くあったという。

海外メディアからは、ポーカーフェイスであることもあり「クールビューティー」と称されていた。日本での愛称はしーちゃん。尊敬するスケーターはクリスティー・ヤマグチと佐藤有香。佐藤有香は1998-1999年シーズンの振付も担当している。安藤美姫や恩田美栄、鈴木明子には特に慕われており、プライベートでも非常に仲が良い。2度にわたってオリンピック代表の座を争った村主章枝との間には確執が取り沙汰されていたが、トリノオリンピック中に一緒に食事をするなどし、和解が報じられた(村主章枝#人物参照)。

趣味はグルメで、フィギュアスケート界きっての大食漢であることが知られている。アイスクリームは好物であるものの、特にチョコミントアイスクリームだけは苦手としている。意外な趣味としてはバイク。2011年11月に大型二輪免許を取得している。愛車はヤマハ・ボルト。シーズー1匹と3匹のカニンヘンダックスフントを飼っている愛犬家。

経歴

長野オリンピック出場

幼少時は水泳、体操、英会話、書道、そろばん、ピアノなど様々な習い事をしていた。なかでも3歳から始めた水泳では6歳までに全泳法を覚えたという。5歳のとき遊びに行った勝山スケーティングクラブでスケートに興味を持ち「ちびっこスケート教室」に入会した。小学1年生のとき、オレンジワン泉(現・アイスリンク仙台) で長久保裕の指導の元、本格的にフィギュアスケートを始めた。小学3年生のときに5種類の3回転ジャンプをマスターし「天才少女」と呼ばれた。小学5年生で第1回野辺山合宿に参加。小学6年生で全日本ジュニア選手権に初出場し、7位となった。また、1994年に初めての国際大会であるトリグラフトロフィーに出場し、優勝を果たした。

1994年、中学1年生で2度目の全日本ジュニア選手権に出場し優勝、以降この大会で史上初の3連覇を果たした。同様に全国中学校スケート・アイスホッケー大会でも3連覇を達成した。1995年、中学2年生で出場した国際大会のネーベルホルン杯では3回転-3回転のコンビネーションジャンプを成功させてシニアの部で優勝。1997年、中学3年生でシニアの第65回全日本選手権に特例出場し、村主章枝に次いで2位に入った。同年の世界選手権の日本女子シングル代表枠は2枠だったが、荒川にはまだシニアでの実績がなかったためと、同回全日本選手権にケガで欠場した横谷花絵が特例で選出されたため、荒川の世界選手権入りはならなかった。

シニアへ完全移行1年目の1997-1998シーズン、第66回全日本選手権でライバルの村主らと競り合う中で高校1年生で初優勝を果たし、1枠しかなかった1998年長野オリンピックと1998年世界選手権の代表の座を勝ち取る。自身初のオリンピック出場となる長野五輪女子シングルでは、SPでは3回転ルッツ-3回転トウループのコンビネーションジャンプを成功させたが、フリップがダブルとなり14位。フリーではルッツが2回共2回転と失敗、最後の3回転トウループを転倒するなど本調子では無かったが14位、総合で13位に入った。しかし一方、同じく初の代表だった1998年世界選手権では、ジャンプミスが続いて総合22位に終わった。


 

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