お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

対象のクレジットカード決済でカンフェティのチケットを購入すると5%還元!

ゆりやんレトリィバァ



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

ゆりやんレトリィバァ(1990年11月1日 - )は、日本のピン芸人であり、アイドルグループ吉本坂46のメンバーである。奈良県吉野郡吉野町出身。吉本興業東京本部(東京吉本)所属。本名、吉田 有里(よしだ ゆり)。

第1回女芸人No.1決定戦 THE W優勝者。

概要

  • 奈良県立高田高等学校卒業後、関西大学文学部に進学。最初は高校卒業後すぐにNSC(吉本総合芸能学院)に入るつもりでいたが、好きになった男子に注目されたいと進学に転向(結局その男子とは受験直前に失恋)。2012年4月、大学4年生の時、大阪NSC35期生として入学。その後、2013年2月に行われた「NSC大ライブ2013」で優勝をし、NSCを首席で卒業した。また、優勝特典として、2013年4月の予定がすべて仕事で埋まっているスケジュール帳が贈られた。
  • 卒業後、複数の番組でのゲスト出演などを経て、芸歴僅か1か月にして『ロケみつ ザ・ワールド』のロケ企画に出演し、翌月晴れて同番組のレギュラーとなった。
  • かつて大手鉄道会社の職員だった父親は地元・吉野でエッチング工房『エッチング幸房ソレイユ』を経営。
  • 子供の頃は、モーニング娘。に憧れており。本気でメンバーになりたかったが、モー娘。のメンバーはみんな二重まぶたで涙袋があるのに対し自分は一重まぶたであるという決定的違いに気付き、「なられへんと思った」と挫折したという。
  • 芸人になろうと思ったきっかけは、小学校2年の時に吉本新喜劇を見て、自分も山田花子や島田珠代のようになりたいと思ったことからである。また、「これなら一重まぶたでもスポットライトを浴びれる」と思ったこともきっかけだったとも言う。父親には最初芸人になることを反対されたが、父親自身も「自分も周囲の反対を押し切って好きなことをしているので説得力に欠ける」として最後は許したという。
  • また、大好きだった映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がきっかけで、子供の頃からアメリカ進出の願望を持っていた。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主演のマイケル・J・フォックスに会いたいがために、一時は海外の高校への進学も考えたことがあった。中学3年生の時には、この映画をテーマに英語のスピーチコンテストに出場したこともあった。
  • 2歳上の姉がいる。その姉の影響で洋楽にハマり、ブリトニー・スピアーズの楽曲を好んでいた。
  • 高校生の時から文化祭の舞台に立ち、ピンネタを披露していた。
  • 高校生時代、好きな人に彼女が出来たことにショックを受け、すごいと思われる人になりたいと思って猛勉強し、関西大学に入学。大学生時代はストリートダンスサークル「Soul Beat Crew」に所属。サークル内に留学していた学生が多かったことから、ふざけて英語で話しているうちに今のネタの元になっていったという。3時のヒロインの福田麻貴は同じサークルの先輩である。
  • 芸名は、高校時代からのあだ名「ゆりやん」と、NSC入学当時に友人との間で流行っていた「ゴールデンレトリィバァ」の2つの候補で悩んでいたが、芸名を申請する際、試しに両方を合わせた「ゆりやんレトリィバァ」を言ってみたところ、いい感じだったため決定した。かつては「親が犬だったからレトリィバァ」になったという設定だった。
  • 2014年3月より、あなたの街に“住みます”プロジェクトの3代目奈良県住みます芸人に就任。
  • 2015年4月より『世界のどっかにホウチ民』の企画で、ホウチ民の一人として3か月間アメリカ・ニューヨークに滞在。現地で下ネタスラングに精通するレベルの英会話力を披露した。また、関西大学の映画研究会で洋画を観るなどして英語を勉強してきた経験もあり、英会話が得意である。
  • 2016年4月よりエフエムあまがさきで初の冠ラジオ番組『ユリヤンスタジオランド』がスタート。
  • 2017年2月24日、第47回NHK上方漫才コンテストに出場し、優勝した。同コンテストでは女性ピン芸人初の優勝者となった。
  • 2017年12月11日、東京・日本テレビで行われた「女芸人No.1決定戦 THE W」に出場し、決勝戦ではドラえもんをパロディに自らの実体験をネタに栄冠を掴んだ。

  •  

    取扱中の公演・チケット情報

    現在取り扱い中の公演はありません。