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スギちゃん



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Wikipedia

スギちゃん(1973年8月24日 - )は、日本のお笑い芸人、俳優。本名及び旧芸名、杉山 英司(すぎやま えいじ)。

愛知県尾西市(現 一宮市)出身。サンミュージックプロダクション所属。身長163cm、体重83kg。以前は名古屋吉本でコンビで活動していたが、ピン芸人となった。解散後から2011年11月21日まで杉山えいじという芸名で活動していた。

来歴・人物

  • 両親は織機工場を営み、その傍らでアマチュアの夫婦マジシャン「まじかるタケシとチャイナ百合子」の芸名で活動していた。3歳上の兄がいる。
  • 小学校の卒業文集に「ぼくのなりたい職業」という題の作文を書き、「吉本にはいって漫才師になる」と書いていた。その時に考えていたコンビ名は「うんち太郎とべんき太郎」だった。
  • 愛知県立尾西高等学校在学中は野球部に所属していた。
  • 芸風とは裏腹に虚弱体質である。

コンビ活動期

  • 高校卒業後、 よしもとクリエイティブ・エージェンシー東海支社(名古屋吉本)所属のお笑いコンビ『フランクフルト』を結成。名古屋NSCの2期生であり、同期にスピードワゴンやボルサリーノがいる。解散後、同じ年に解散した同じ名古屋吉本所属だった元『はらはら時計』の沢原宜之と『霊血サンデー』を1998年に結成。
  • その後上京し浅井企画に移籍。コンビ名は後に『機械犬』(読みは「メカドッグ」)、片仮名表記のメカドッグと変遷。犬に3回ほど噛まれたことがあり、これが『メカドッグ』の由来の一つとなった。
  • メカドッグ時代に『雷波少年』(日本テレビ)の『雷波少年系ゴミ生活(の旅)』、電波少年的放送局、『爆笑オンエアバトル』(NHK総合、OA率は5/9)、『お笑い登龍門』(フジテレビ、第29回)、『大笑点』(日本テレビ)の「サバイバル大喜利 笑点への道」などに出演。

ピン芸人へ

  • 2008年1月で浅井企画を退社、同年4月にメカドッグは解散。以後ピン芸人に転向する。
  • ピン芸人となってしばらくの間はフリーで活動していたが、2008年12月からデンナーシステムズ所属。2011年4月にサンミュージックプロダクションへ移籍。なお、2009年4月から2011年4月までの間、『A-Studio』(TBS)の前説を行っていたことがある。
  • 2008年9月からは『馬券ブレイク!』サイト内で、自分の給料全額を馬券に費やし、1年間その配当金のみで生活をするという企画を行っていた。なおスギちゃんは、それまで馬券を買ったことは一度もなかったという。
  • 2009年6月6日には、有明コロシアムでの無料単独ライブを行った。この有明コロシアムの賃貸料や技術スタッフのギャラは、スギちゃんが『馬券生活』の企画の中、2008年12月28日の第53回有馬記念で馬単の予想が的中して獲得した配当金(334.9倍の馬単を1万円購入しており、配当金は334万9千円だった)から捻出したものであり、自分もノーギャラで出演したという。なお、本人によると、集まった客は約700人であり、『ケイバdeブレイク』(BSフジ)で共演していた嶋大輔も当日、会場を訪れていた。

スギちゃんに改名後にブレイク

  • 本名から「スギちゃん」への改名は、占い師ゲッターズ飯田のアドバイスによるものなのだが、改名の相談を受けて直ちに改められた訳ではなく、最も良い日である2011年11月21日のタイミングまで待ってから行われた。改名した途端にR-1ぐらんぷりで準優勝し、知名度が一気に上昇した。
  • 2012年、R-1ぐらんぷりにて初の決勝進出。準優勝した。それがきっかけでブレイクしたが、6月14日に行われた『東京おもちゃショー』のイベントを体調不良で欠席した。ブレイクしたことで忙しくなりすぎ、過労で倒れたことが原因だった。数時間病院で点滴を受けて復活している。後述の注釈・エピソードでも記載されているように、TBSテレビで6月13日に放送された『教科書にのせたい!』で健康状態(隠れ疲労の度合い)を調査した際、基準値の10倍を超える結果が出ており、かなり疲労が蓄積されていたことが明らかになっていた。
  • 2012年9月1日の番組収録中に大ケガをして、一時入院。その後同年9月26日に復帰。詳しくは後述「番組収録中の骨折について」を参照。

 

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