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キングコング

キングコング



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Wikipedia

キングコングKing Kong)は、1933年にアメリカ合衆国で公開されたRKO製作・配給の特撮映画のタイトルおよび作品内に登場する巨大な類人猿の名称であると共に、同じ呼称を付けた類人猿とそれが登場する一連の作品群である。

1933年の映画は空前の大ヒットとなり、以後リメイク映画や、漫画、ゲーム、テーマパーク、ミュージカルなど様々な分野に影響を与えた。ウォルト・ディズニーのミッキーマウスと並ぶアメリカ文化の古典的かつ象徴的なキャラクターであり、世界で最も有名なキャラクターのひとつとされている。

コングはウィリス・オブライエンの特撮技術とストップモーション・アニメーションによって表現され、後のリメイク映画ではスーツアクター(着ぐるみ)やモーションキャプチャなどによる演技で撮影された。

東宝との正規ライセンス契約により、『ゴジラ』シリーズをはじめとする日本映画にも登場している。

コンセプトデザイン

コングの創造

キングコングは映画監督のメリアン・C・クーパーが考案した。クーパーは6歳の時にゴリラに魅了され、1899年に叔父からポール・デュ・シャイユの『赤道アフリカの探検と冒険』という本をプレゼントされた。この本にはシャイユがアフリカで出会った先住民や動物のことが記されていた。クーパーはシャイユが描いた「特別サイズ」で、先住民から「無敵」「アフリカの森の王」と呼ばれたゴリラに魅了された。シャイユと先住民がゴリラに遭遇した際、彼はゴリラを「地獄の夢の怪物」「半人半獣」と記した。こうした描写は、クーパーに冒険への強い憧れを抱かせた。

成人したクーパーは映画業界に進出し、『The Four Feathers』の撮影の際にヒヒの家族と遭遇した。この出会いは、クーパーに霊長類を登場させた映画の構想を練るきっかけを与えた。1年後、クーパーは「恐ろしいゴリラの映画」を撮影するためにRKOに移った。「ゴリラが高層ビルの頂上で飛行機と戦う」というアイディアは、ニューヨークライフビルの上空を飛行する飛行機を見て思いついた。クーパーはこれについて、「私は思考の意識的な努力なしに、頭の中にビルの頂上にいる巨大なゴリラを思い描いていました」と語っている。また、クーパーはコモドドラゴンにも影響を受けており、恐竜型のドラゴンとゴリラを戦わせたいと考えていた。この間、彼は「近代文明に敵対する巨大な半人型ゴリラ」の構想を固めていた。

映画の構想が固まった後、クーパーはゴリラを「悪夢の怪物」として創造することを望み、彼のメモには「ゴリラの手足は蒸気ショベルのように固く、その周囲は蒸気ボイラーのようです。これは百人力の怪物ですが、もっと恐ろしいのは顔です。血みどろの目、ギザギザの歯が厚い毛の下に隠された半人半獣の頭部」と記されている。ウィリス・オブライエンは、クーパーの構想に基き、ジャングルのヒロインとハンターを脅かす巨大なゴリラの油絵を描いた。しかし、オブライエンとマルセル・デルガドがアニメーションを製作しようとした際、クーパーはゴリラの顔を半人ではなく完全なゴリラにするように指示し、オブライエンは観客の感情を引き付けるために人間的な顔にするべきと反発し、デガルドに「顔をほぼ人間にする」と指示した。さらに、オブライエンは人間的な機能も加えるように指示したが、最終的にはトーンダウンし、デザインを妥協した。最終的に完成したデザインはゴリラのような姿だったが、ゴリラの解剖学的な特徴の幾つかは、デガルドによって除去されていた。オブライエンは1915年に製作した『The Dinosaur and the Missing Link: A Prehistoric Tragedy』に登場した恐竜の特徴や動きをゴリラの動きに応用し、彼はこの恐竜を「キングコングの先祖」と述べている。また、クーパーはゴリラがニューヨークのシーンで直立し、より威圧的に見えるようにすることに同意した。

名前

クーパーは「コモド島」「コディアック島」「コダック」など、「K」から始まる強い響きの言葉を好んだ。彼は巨大ゴリラの映画を構想していた際、コンゴから本物のゴリラを取り寄せ、コモドドラゴンと戦わせたいと考えていた。コモドドラゴンに興味を抱いたのは、友人のダグラス・バーデンがコモド島を旅行してコモドドラゴンと出会った経験を聞いたためである。

クーパーがRKOで映画の構想を練っていたころは、このゴリラは「ビースト」と呼ばれていた。プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックは、映画のタイトルとして「Jungle Beast」を提案したものの、クーパーはキャラクターの名前を決定した後に、その名前をタイトルに付けようとしていた。クーパーは、ドラキュラ伯爵やフランケンシュタインの怪物のような「神秘的でロマンチック、そして野蛮な名前」を考えていた。RKOはタイトルの候補として「Kong: King of Beasts」「Kong: The Jungle King」「Kong: The Jungle Beast」をクーパーに提案した。しかし、ルース・ローズが脚本を書き上げたころ、クーパーはタイトルをシンプルに「コング」にしようと考えていた。これに対して、セルズニックは以前に製作した『Grass』『Chang』のようなドキュメント映画と混同されると危惧し、タイトルに「キング」を加えて「キングコング」と命名した。

身体的特徴

1933年版では、コングは先史時代の類人猿とされており、RKOの資料では「先史時代の猿」となっている。外見はゴリラだが、表情は人間的であり、時折擬人化された直立歩行をしており、カール・デナムは「獣でも人間でもない」と表現している。コングは優れた知性と体力を持ち、その身体は映画の中で代わっていた。クーパーはコングの体長を「40から50フィート(12.2から15.2メートル)」と設定していたが、オブライエンはコングの体長を髑髏島では5.5メートル、ニューヨークでは7.3メートルに調整していた。クーパーはオブライエンの変更には口出しせず、ミニチュアとカメラのサイズを調整することで、コングをオブライエンの設定よりも大きく撮影することに成功した。RKOの資料では、コングの体長は15.2メートルとなっている。

1975年、ディノ・デ・ラウレンティスがキングコングの映画化の権利を取得し、翌年にリメイク版『キングコング』が公開された。このコングは直立歩行する猿として描かれ、より人間に近くなっている。1975年版のコングは、髑髏島では12.8メートル、ニューヨークでは16.8メートルに見えるように調整されていた。ラウレンティスは10年後に続編の製作権利を取得し、『キングコング2』を製作し、この映画でのコングは18.3メートルに設定された。

1976年にはユニバーサル・スタジオもキングコングのリメイクを計画していたが、30年後にピーター・ジャクソンを監督に迎えて『キング・コング』を製作した。ジャクソンは擬人化されていないゴリラをキングコングとして描き、アフリカではなく、アジアに生息していたギガントピテクスの進化したゴリラに設定した。このコングは、髑髏島・ニューヨーク一貫して7.6メートルに設定されている。


 

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