お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

神波憲人



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

野猿(やえん)は、フジテレビの『とんねるずのみなさんのおかげでした』から生まれた音楽ユニット。1998年4月29日から2001年5月13日まで活動していた。

概要

『とんねるずのみなさんのおかげでした』内のコーナーで「ほんとのうたばん」の企画の1つで、KinKi Kidsのパロディでとんねるずのバックで踊っていたことが発端となって結成されたユニット。メンバーは同番組スタッフの平山晃哉(アクリル装飾)、神波憲人(衣装)、成井一浩(大道具)、飯塚生臣(特殊効果)、大原隆(大道具)、網野高久(持道具)、星野教昭(運転手)、半田一道(スチルカメラマン)、高久誠司(カメラクレーン)に加えとんねるずの石橋貴明、木梨憲武で構成されていた。なお、デビューシングル『Get down』にのみ神原孝(ディレクター)、太田一矢(ディレクター)、7thシングル『First impression』にのみ荒井千佳(音声)、9thシングル『太陽の化石』にのみ網野と入れ替わる形で浅野吉朗(放送作家)、10thシングル『star』に一般からのオーディションで小林紗貴が加わっている。

名前の由来は野猿街道にあるラブホテル「ホテル野猿」である(とんねるずのオールナイトニッポン時代に石橋が「すごい名前のホテルの看板(当初「のざる」と誤読)を見た」とその強烈なネーミングに感心していた)。当時ホテル野猿では野猿のCDやファンクラブ「大道具通路」の会員カードを持参すると割引サービスがあった(CDデビューから一ヶ月限定)。番組内ではFIFAワールドカップ予選で日本初出場を決めるゴールを挙げた岡野雅行のニックネーム「野人(やじん)」が由来(「岡野は野人だから、君たちは野猿」と石橋が名づけた)とされたが、これは他の番組に出演するために後から付けられたものである。

ボーカルチームは1列・とんねるずの石橋、木梨と平山、神波。パート分けは主に石橋&平山、木梨&神波になっていた。ダンサーチームは特に優秀な2列・成井、飯塚、大原と3列・網野、星野、半田、高久で構成されている。

シングルの全11曲すべてがオリコントップ10入りを果たし、3枚のアルバムも全てトップ5入りとなり合わせて累計300万枚の売り上げを記録している。全50曲全てを作曲を後藤次利が、大半の作詞を秋元康が手掛けている。振り付けはTRFのSAM、ETSU、CHIHARUが担当する。シングル表題曲には全てPVが基本的にショートサイズで制作された。

当初の予定では次々に脱退させていき最後は2人になると発表されたが、結果的に太田以降は正式脱退するメンバーは出なかった。以降も人気投票は度々行われて主に半田、高久、網野による最下位争いであったが、罰ゲームを受けるに留まった。

活動時はその人気にあやかり「モジモジくん」やコント、スペシャル企画「アメリカちょっとだけ横切りウルトラクイズ」など「ほんとのうたばん」以外のコーナーにも出演して数年間に渡り番組を支えていた。また1999年4月放送の1stライブのドキュメント回は番組史上最高となる平均視聴率24.8%を記録した。基本的にとんねるず以外のメンバーの野猿活動はノンギャラ(無給)であり、とんねるずがメンバーを焼肉につれていくことが見返りであったとされている。

2001年2月、本業への専念と人事異動から解散(撤収)を発表した。石橋はインタビューで、「永遠に続けていくことも考えたが、自分と憲武やメンバーのことも考えて、惜しまれてやめていくのがいいかな」と語り、木梨も「野猿は終わるけど、また違った遊びが来るのではないかと思う」と語っている。撤収とはスタッフの片づけを指している。それと同時に「ほんとのうたばん」もコーナー終了した。

現在でもほとんどのメンバーがフジテレビの主にバラエティの裏方で活躍している。撤収後も『おかげでした』スタッフに数人のメンバーが残り、大原、飯塚、網野、半田らが時折、スタッフたちの中に混ざって姿を見せていた。しかし、その後はほとんどが裏方に専念しており、撤収後「みなさんのおかげでした」でもほとんどいじられる事はなかった。現在も番組で「野猿のメンバー」と言われる事があるが、一言も発せずに「言わないでくれ」というリアクションをしている。本人たちも黙っているため、出演者が気付かない事も多く、驚かれる事が多い。時折テレビで見切れる事があるが、全員が逃げるようにカメラから隠れている。

活動歴

結成

1997年冬、『とんねるずのみなさんのおかげでした』内での、TBS『うたばん』のパロディコーナー「ほんとのうたばん」の一企画で、KinKi Kidsの『硝子の少年』のモノマネをするとんねるずの後ろで踊っていた十数人の番組スタッフを「ジャニーズ・シニア(?)」と名づけたことが発端となった。これが好評となりその第二弾の同じくKinKi Kidsの『愛されるより 愛したい』を同メンバーでパロディした際、石橋がメンバーを「野猿」と命名した。その際にメンバーの愛称も決められた。avex traxからCDデビューしたらカッコいいと盛り上がり、番組内でMAX松浦に電話で直接交渉。すると「もうそのつもりでいました」と返答、avex traxからのデビューが決定した。

1998年

2月、メンバーの中からボーカルを決めるオーディションを行い、当時の予定では平山、神波、成井、飯塚の4人が選ばれたが飯塚は音程に難アリという判断で外され、またインパクトに欠けるということで秋元康が追加メンバーとしてとんねるずの2人を加えることを提案し、石橋・木梨がボーカルに加わり男性メンバー13人でのデビューとなった。当初デビューシングルは『Privacy』と発表されたが、後に『Get down』に変更され『Privacy』はそのカップリング曲となった。

デビューシングル『Get down』がオリコンチャート初登場10位の大ヒットとなる。その際ファンクラブ会員350人によるメンバーの人気投票を行い、最下位の神原が脱退となった。その後、再び人気投票を行い1週間後にPV撮影に向かう成田空港のロビーで最下位の太田が脱落していった。


 

取扱中の公演・チケット情報

現在取り扱い中の公演はありません。