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さくらえみ

さくらえみ



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
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Wikipedia

さくら えみ(1976年10月4日 - )は、日本の女子プロレスラー。本名:元川 恵美(もとかわ えみ)。現在はプロレスリング我闘雲舞の代表。パブリック・ジョイ・プロダクションと業務提携を結んでいる。

所属

  • I.W.A.JAPAN(1994年 - 1999年)
  • FMW(1999年 - 2002年)
  • フリーランス(2002年 - 2003年)
  • 我闘姑娘(2003年 - 2006年)
  • アイスリボン(2006年11月4日 - 2012年1月7日)
  • フリーランス(2012年1月 - 5月)
  • プロレスリング我闘雲舞(2012年5月 - )
  • 経歴

    1995年
    • 8月17日、IWA・JAPAN富山県高岡テクノドームでの対市来貴代子戦でデビュー。当時のリングネームは本名の元川恵美。同期に松田慶三、佐藤孝至(現:佐藤竜騎士)。所属していたIWA・JAPANの女子選手は実質、市来との2名のみであり他団体との交流も無かったことから、対戦相手は常に市来に固定されていた。その上女子プロレスを教えるコーチが存在しなかったため、あまり巧い試合内容ではなかった。
    1996年
    • 6月4日に市来から初勝利を挙げる。その後市来の退団に伴い、後輩の門田幸子や西堀幸恵と対戦するようになる。当時盛んだった女子プロレス団体間の交流戦からは外れ、目立たぬ位置でのファイトを続けており、その一風変わったファイトスタイルも相まって『カルトヒロイン』の呼び名がついた。
    • 10月13日、JWP両国国技館大会にて宮口知子(現:輝優優)が持つ全日本ジュニア王座に挑むが8分25秒、ブラックバスター・ホールドで敗戦。これが元川にとって初めてとなる『女子プロレス』のリングであった。
    1997年
    • 8月13日、IWA・JAPAN北沢タウンホール大会にてルナ・バションの持つAWF世界女子王座に挑戦し、勝利した。初タイトルを獲得する。
    • 全日本女子プロレスの経営難に端を発した選手の大量離脱に伴う選手数不足により、西堀と共に助っ人としてIWA・JAPANに所属したまま全女の興行に帯同する。このことによって試合数が大幅に増え、それまで対戦したことのなかったトップクラスの選手達と対戦したり、タッグを組むことにより試合運びなどを学ぶ機会を得たことで、レベルアップするきっかけを掴む。中西百重や坂井澄江といった若手レスラーらとライバル関係になり、中でも高橋奈苗は以降のプロレス人生に大きな影響を与えることになる。
    1998年
    • 1月24日、アクトシティ浜松で中西百重から全日本シングル王座奪取。
    • 気胸で1ヶ月余り欠場。復帰後しばらく、フェイスペイントを施した「黒猫」のギミックを使用する。
    1999年
    • 3月、IWA・JAPANを退団。
    • 4月、フリーで活動。
    • 6月、FMWに入団。
    • 12月、右肘の靭帯を損傷し、一時欠場する。
    2001年
    • 8月12日、アルシオン後楽園ホール大会にて、東西を代表する技マニア対決としてGAMIと対戦。敗れたものの「千の技を持つ女」の称号をGAMIから譲り渡される。
    • FMW入団当初は、減っていたとはいえまだ中山香里など女子選手が数人所属してレギュラー参戦していたため、普通に試合が組まれた。しかしFMWの経営が苦しくなるに伴い女子選手の離脱が続き、他団体との交流も途絶えた末期には男子レスラーとのミックスドマッチや『性転換レスラー』をギミックにした工藤あづさ(現:gosaku)との試合などが多くなっていた。レスラーとしては、テクニシャンとしての評価を確立。
    • 試合中に受けた技によって頸椎ヘルニアを発症、手術のため長期欠場に入る。
    2002年
     

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