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eastern youth



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Wikipedia

eastern youth(イースタンユース)は、日本のロックバンド。略称「ey」。

メンバー

  • 吉野 寿(よしの ひさし、 (1968-07-17) 1968年7月17日(51歳) - ) - 北海道帯広市出身。ギター、ボイス担当
二宮曰くバンドのリーダー。「outside yoshino」名義でもソロ活動をしており、自主制作アルバム『bedside yoshino』も発売している。愛器はヤマハ・SG-1000。使用し始めたきっかけは日本製のギターであることと、スティッフ・リトル・フィンガーズの影響だと語っている。
  • 田森 篤哉(たもり あつや) - 北海道礼文郡礼文町出身。ドラム担当 
吉野とは同級生であり、幼馴染み。中学卒業後は家業の昆布採りを手伝おうとしていたところ、吉野から自分と同じ高校を受けろと説得され、あげく進学した高校も再び吉野から一緒に辞めようと説得されて中退。以後、ともにeastern youthのオリジナルメンバーとして活動している。また植木職人、火消しも兼業している。
  • 村岡 ゆか(むらおか ゆか) - ベース、コーラス担当
2015年9月加入。岡山出身の女性デュオ・手水でベースを担当。2010年に手水を解散して以降はソロ・ミュージシャンとして活動していた。加入前からeastern youthの熱心なファンでもあった。主にミュージックマン・スティングレイを使用。

旧メンバー

  • 三橋 徹(みつはし とおる) - 北海道新十津川町出身。ベース、コーラス担当
1991年、バンド上京に伴い脱退。
  • 二宮 友和(にのみや ともかず) - 愛媛県宇和島市出身。ベース、コーラス担当
吉野曰くバンドの中心人物であり、バンドで立ち上げた事務所「裸足の音楽社」で経理を担当していた。1992年から「ひょうたん」というバンドでギター・ボーカルとしても活動していたが、ベース奥平の都合により2013年2月をもって解散した。eastern youthの「夏の日の午後」という曲はひょうたんの前バンド名「夏の日の午后」が由来である。この曲のレコーディングでは、ギターソロは吉野ではなく二宮が弾いている。eastern youthに加入した当初はベースを持っていなかったため、知人から借りたベースを使いライブを行なっていたが、後にそのベースを居酒屋に置き忘れ紛失してしまった。2015年6月6日のライブをもって脱退。脱退後は「トンカツ」名義で活動している。2017年よりPANICSMILEに加入。

活動

1988年北海道札幌市にて結成。前身は「スキャナーズ」というバンドで、ベースが三橋徹に交代したのを機に改名した。当時はSKINS・Oiバンドで、バンド名表記も大文字の「EASTERN YOUTH」だった。上京に際して三橋が脱退し、いったん吉野・田森の2人となったが、ギタリストを目指し上京していた二宮と知り合った吉野が「ギターが弾けるならベースも弾けるだろ」と強引に勧誘し、二宮がベースで加入した。

自主レーベル「坂本商店」を立ち上げ、精力的にライブを行い、1994年からは自主企画「極東最前線」を開始した。またカーシヴ、アット・ザ・ドライヴインなどの北米ツアーに同行するなど、日本国外での活動も行うようになった。2003年秋のアメリカツアーでは、移動中にメンバーの乗っていた車が高速道路上で横転する事故を起こすも、機材が破損したのみでメンバーは軽傷で済んだという一件もあった。

2005年より活動休止のfOULを残して坂本商店を離れ、自主レーベル「裸足の音楽社」を設立した。所属レコード会社はトイズファクトリー、キングレコード、バップを経て2015年現在は「裸足の音楽社」。

2009年9月、ツアー期間中に吉野が心筋梗塞で倒れ、緊急手術を受けた。一命は取りとめたもののツアーの残りの公演はキャンセルされ、吉野が復帰した2010年春に改めてツアーを行った。

2015年2月2日に二宮が「アルバム『ボトムオブザワールド』を作り終え、eastern youthでできることは全てやりきったと実感した」との理由で脱退を表明し、同アルバム発売後のツアー終了をもってバンドを離れた。二宮の後任として同年9月に村岡ゆかが加入し、9月5日に「街の底」名義で出演したBAYCAMP 2015が新たなメンバー編成による初ライブとなった。

音楽性

漢語や近代詩風の表現を用いた歌詞とエモーショナルなサウンドが特徴。特に絶叫するかのような吉野の歌唱はクレジット上で「ボーカル」ではなく「ボイス」と表記される。吉野が自らが影響を受けたと公言する音楽家は、キャンディーズ、和田アキ子にはじまり、新旧・メジャーマイナーを問わず極めて多岐に亘る。また影響を受けたと公言する作家は、坂口安吾、太宰治、梅崎春生、木山捷平、島尾敏雄など、これまた多岐に亘る。

初期の頃は右翼的思想を持った「スキンヘッズ」の影響を受けていたが、吉野曰く「知れば知るほど矛盾があるし、より良い世の中のために動いているのに全然より良く感じられなかった」「俺は国家に忠誠なんて誓えない。『戦争に行け』って言われたって行きたくないし、国家のためには闘わない」という考えを表明している。

一般的にはエモと呼ばれているが、吉野はインタビューやブログで「エモ」と呼ばれることを否定している。

交流

向井秀徳(ナンバーガール、ZAZEN BOYS)など多くのロックミュージシャンが彼らからの影響を公言している。吉野自身はナンバーガールの楽曲にeastern youthの影響は感じられないとしつつも、そのオリジナリティーを「ブッチャーズとfOULで打ち止めかと思っていたけど、もう一個刺客が出て来た」と評した。

同じ北海道出身のbloodthirsty butchersおよびfOULとは親交が深く、「極東最前線」を含む数多くのライブで共演している。吉野自身大好きなバンドとしてこの2つのバンドを頻繁に挙げ、活動休止中のfOULに1人のファンとして呼びかけ、後述のオムニバスアルバム『極東最前線2』に参加してもらうなどしている。「極東最前線」の開催数は80回を超え(2012年4月現在)、bloodthirsty butchers, あぶらだこ、怒髪天、ハスキング・ビー、小谷美紗子、タテタカコ、ジミー・イート・ワールド、カーシヴなど、国を問わず様々なアーティストをゲストとして迎え入れている。


 

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