お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

小林聡



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

小林 聡(こばやし さとし、1972年3月16日 - )は、日本のキックボクサー。引退後は全日本キックボクシング連盟ゼネラルマネージャーを務めた。長野県長野市出身。様々な団体を渡り歩いてきたことから「野良犬」という異名を持つ。元WKAムエタイ世界ライト級王者。現在、芸能プロダクション株式会社BBEに所属している。

来歴

1972年3月16日、長野県長野市で生まれる。小学校高学年の時からジャッキー・チェンのファンになる。本人曰く、最初の格闘技は自己流の形意拳だという。その後、少林寺拳法を始める。

高校進学後、宮越ジムに入門。出席日数が足りず高校1年で退学になる。1988年2月に、まだ16歳だったが、17歳と偽って日本キックボクシング連盟でプロデビュー。デビュー戦をKO勝ちで飾る。その後上京し、宮越ジム所属渡辺ジム預かりとなった。バンタム級の選手として活動するが、デビュー戦後は3連敗する。これを機に長野県に戻り、アマチュア団体(同好会)長野県ムエタイ連盟を設立。キックボクシングだけでなく有刺鉄線マッチなどプロレスの試合も行った。

長野県に戻って2年後、格闘技の雑誌を読み、東京北星ジムがディスコでムエタイのショーを行うことを知った。小林は参加した。その後毎週参加し、デビュー戦も含めて計5-6回は参加した。試合後はファイトマネー5000円とチップ数万円を受け取っていた。18歳の終わり頃に、家族に何も言わずに再度上京。東京北星ジムに正式に所属する。

1991年10月26日に、全日本キックボクシング連盟でフェザー級のキックボクサーとして再度プロデビューを果たした。そののち、4度オランダにわたり、その都度所属団体も変わった。単に国内のジムや所属団体を転々とするだけでなく、国・大陸をも渡り歩く奔放さによって、彼はいつしか「野良犬」とあだ名されるようになった。テーマ曲はキッズ・リターンである。

1993年6月、佐藤孝也にKO負け。1994年10月、全日本キックライト級王者の杉田健一にKO勝ち。1995年1月、全日本ライト級王座決定戦で内田康弘にボディへのヒザ蹴りでKO負け。

1996年10月、NJKFライト級王座決定戦で斉藤直弘にKO勝ち、ニュージャパンキックボクシング連盟ライト級王者となる。

1997年1月、ガウナーに肘で切り裂かれTKO負け。1997年4月、ソムチャーイ高津にKO勝ち。1997年9月、金沢久幸にKO勝ち。

1998年9月、K-Uライト級タイトルマッチで須藤信充の足をローキックで破壊しKO勝ち、キック・ユニオンライト級王者となる。

1999年1月、チャナペック・ガッティンディにアバラを折られKO負け。1999年6月、MAキックスーパーライト級王者の佐藤堅一の耳を肘で切り裂いてTKO勝ち。

2000年1月21日、全日本ライト級タイトルマッチで金沢久幸(同級王者)に挑戦し、判定3-0で第11代全日本ライト級王者となった。試合前の金沢の「なんちゃてキックボクサー」発言に反発し、試合前は絶対に負けられないという想いで試合に臨んだ。同年7月30日、WKAムエタイ世界ライト級王者決定戦でマルコ・“アドレナリン”・コスタグータ(イタリア/同級1位)と対戦。4R3:00KO勝ちし、新王者になる。12月9日、イタリアのポルデノーネで行われたWPKCムエタイ世界ライト級王者決定戦(肘禁止)で、マルコ・コスタグータ(イタリア)と再戦し、王者になる。

2001年1月、アンドレ・ロンキーに判定勝ち。2001年3月、サッダム・ギャットヨンユットに判定負け。2001年5月、ローバート・ゲンノラシンに勝った事もあるヨーロッパ王者のジャン・スカボロスキーにKO勝ち。

2001年9月7日、軽量級のタイ人ムエタイ王者をKOで倒すという快挙を成し遂げる。タイのラジャダムナン・スタジアムライト級王者テーパリット・シットクグォンイムと全日本キック興行で対戦し、4R0分21秒KO勝ち。これは歴史的な出来事であった。

2001年11月、オスマン・イギンに2度ダウン奪われるもカウンターの右フックで大逆転KO勝ち。2002年1月、300万円総取りマッチで金沢久幸にダウンを奪い判定勝ち。

2002年3月、タイのルンピニースタジアム王者であるナムサックノーイに肘で切り裂かれTKO負け。2002年9月、タイのルンピニースタジアム3階級制覇王者であるサムゴー・ギャットモンテープの左ミドルの威力に殆ど何も出来ず惨敗のKO負け。

2002年12月14日、ルンピニー・スタジアムで行われた「TOYOTAタイランド・ムエマラソン 140ポンド・トーナメント」に参加。1回戦でエルビス・ロムポージム(カメルーン)を1R2:09KO(膝蹴り)で勝利し、2回戦でもティモー・フォンジム(オーストラリア)に2R0:33ローキックでKO勝利を収めるが、決勝戦でブアカーオ・ポー.プラムックに3R判定で敗れ準優勝に終わった。

2003年5月、全日本キックライト級最強決定トーナメント2003の準決勝で、サムゴー戦の怪我が治りきっておらず動きが悪くキレを欠き花戸忍に判定負け。2003年11月、吉本光志に判定勝ち。


 

取扱中の公演・チケット情報

現在取り扱い中の公演はありません。